『整形美女』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/12 『整形美女』(姫野カオルコ), 作家別(は行), 姫野カオルコ, 書評(さ行)

『整形美女』姫野 カオルコ 光文社文庫 2015年5月20日初版

二十歳の繭村甲斐子は、大きな瞳と高い鼻、豊かな乳房とくびれたウエストを持つ女性だった。だが、彼女は名医・大曾根に懇願し、全身整形をする。一方、同郷の望月阿倍子も、社会人となった新生活を機に整形。その姿は甲斐子そっくりになった。正反対の考えのもと、整形をした二人の、整形後の運命はいかに - 。美しさとは? 幸福とは? 根源を問う衝撃作。(光文社文庫)

姫野カオルコの書く小説は、油断して読むと痛い目に遭います。うまく言えないのですが、彼女の頭の中にはちょっと違う回路があるのではないかと。(名前からしてそうですが)多くいる女性作家の中で、他に似た人を知りません。

この小説には、ちょっと変わった「あとがき」があります。題して「甲斐子と阿倍子という名前がカインとアベルから来ていることに まったく気づかない人もいることが、本が出てから初めてわかった著者の、リニュアル版あとがき」という代物です。

というと、この小説は「聖書」に絡めた、何やら「小難しい」話なのではないか? と思われるかもしれません。そう思われて当然なのですが(それらしき文章があるにはありますが)、本編は、それとはまるで違う、また別の話だと思ってください。

「聖書に全くなじみのない読者には、とっつきにくいかもしれませんが、そういう箇所に当っても、あまり気になさらず、読み進めていって下さい。小説を読むのはテストではありませんから」- 著者がそう言うのですから、そう思って読めばいいのでしょう。

どうしても心配なら、(この本に限っては)「あとがき」を先に読めばいいと思います。モヤモヤしたまま読むのは気持ち的によくありません。読むなら、話のベースをしっかり押さえた上で読みたい。そんな人は、まず「あとがき」を読んでみてください。

但し、この小説は「100点満点で、よかった! よかった! 」というような終わり方はしません。登場する人物らはおもてうら全部が晒されて、誰が良くて誰が良くない人であるのか、最後までわからないようになっています。そこを「狙って」こその話であるわけです。
・・・・・・・・・
人は見た目 -(数多の批判を承知で言うなら)人は何より、見た目で人を区別しているのではないかと。

眼、胸、脚。大概の男性の場合、初めて会う女性との場合、(それはもうどうしようもなく動物的本能で)気付くとそんな順番で相手を品定めしているのではないかと。そして、なら女性はといえば、(良くも悪くも)それをもう十分に、痛いほど承知しているはずではないかと思うのです。

男性ほどには開けっ広げでないにせよ、常々に「選ばれたい」と願う女性にとっては、大方の場合、己の容姿が世の男性の願望に添うべきものであるかどうかという問題は、この上ない関心事であるに違いありません。

おおよそそんなふうに生きているのが人とするなら - 二十歳になった繭村甲斐子もまた、男性からの扱いや視線を気に病むばかりに、全身に整形を施し、「美女」に生まれ変わろうとする決意の女性(ひと)であったわけです。

と、ここまでは普通といえば普通にある話。土台この小説が違うのは、美しくなるために整形したいと懇願する甲斐子が、実はおそろしく「美女」であるところです。医院を訪れ、迷わず全裸になって整形手術を懇願する甲斐子を前に、医者の大曾根は大いに慌てます。

何か大きな勘違いがあるのではないか。あるいは、自分が耄碌し目がおかしくなったのではないかと大曾根は思うのですが、誰より美顔で艶めかしい姿態の甲斐子は目の前に厳然と存在し、何としても整形してほしいと老医に迫ります。

甲斐子にはどんな理由があり、どれほどの切実さをもって整形しようと思うに至ったのか。

彼女が望んでいるのは、顔の整形だけではありません。甲斐子は、豊か過ぎるくらいの乳房を小さくし、折れそうに細くくびれた腰をずん胴にしてくれとまで言い募ります。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆姫野 カオルコ
1958年滋賀県甲賀市生まれ。
青山学院大学文学部日本文学科卒業。

作品 「ひと呼んでミツコ」「受難」「ツ、イ、ラ、ク」「ハルカ・エイティ」「リアル・シンデレラ」「昭和の犬」「純喫茶」「部長と池袋」他多数

関連記事

『さみしくなったら名前を呼んで』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『さみしくなったら名前を呼んで』山内 マリコ 幻冬舎 2014年9月20日第一刷 いつになれば、私

記事を読む

『少年と犬』(馳星周)_書評という名の読書感想文

『少年と犬』馳 星周 文藝春秋 2020年7月25日第4刷 傷つき、悩み、惑う人び

記事を読む

『地雷グリコ』(青崎有吾)_書評という名の読書感想文 

『地雷グリコ』青崎 有吾 角川書店 2024年6月20日 8版発行 第24回 本格ミステリ大

記事を読む

『たゆたえども沈まず』(原田マハ)_書評という名の読書感想文

『たゆたえども沈まず』原田 マハ 幻冬舎文庫 2024年2月10日 16版発行 天才画家ゴッ

記事を読む

『JR高田馬場駅戸山口』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『JR高田馬場駅戸山口』柳 美里 河出文庫 2021年3月20日新装版初版 夫は単

記事を読む

『殺人出産』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『殺人出産』村田 沙耶香 講談社文庫 2016年8月10日第一刷 今から百年前、殺人は悪だった。1

記事を読む

『最後の記憶 〈新装版〉』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『最後の記憶 〈新装版〉』望月 諒子 徳間文庫 2023年2月15日初刷 本当に怖

記事を読む

『殺戮にいたる病』(我孫子武丸)_書評という名の読書感想文

『殺戮にいたる病』我孫子 武丸 講談社文庫 2013年10月13日第一刷 東京の繁華街で次々と猟奇

記事を読む

『さいはての彼女』(原田マハ)_書評という名の読書感想文

『さいはての彼女』原田 マハ 角川文庫 2013年1月25日初版 25歳で起業した敏腕若手女性

記事を読む

『17歳のうた』(坂井希久子)_書評という名の読書感想文

『17歳のうた』坂井 希久子 文春文庫 2019年5月10日第1刷 地方都市で生きる

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーラの発表会』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『オーラの発表会』綿矢 りさ 集英社文庫 2024年6月25日 第1

『彼岸花が咲く島』(李琴峰)_書評という名の読書感想文

『彼岸花が咲く島』李 琴峰 文春文庫 2024年7月10日 第1刷

『半島へ』(稲葉真弓)_書評という名の読書感想文

『半島へ』稲葉 真弓 講談社文芸文庫 2024年9月10日 第1刷発

『赤と青とエスキース』(青山美智子)_書評という名の読書感想文

『赤と青とエスキース』青山 美智子 PHP文芸文庫 2024年9月2

『じい散歩』(藤野千夜)_書評という名の読書感想文

『じい散歩』藤野 千夜 双葉文庫 2024年3月11日 第13刷発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑