『しろいろの街の、その骨の体温の』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/12
『しろいろの街の、その骨の体温の』(村田沙耶香), 作家別(ま行), 書評(さ行), 村田沙耶香
『しろいろの街の、その骨の体温の』村田 沙耶香 朝日文庫 2015年7月30日第一刷
クラスでは目立たない存在の結佳。習字教室が一緒の伊吹陽太と仲良くなるが、次第に彼を「おもちゃ」にしたいという気持ちが高まり、結佳は伊吹にキスをするのだが - 女の子が少女へと変化する時間を丹念に描く、静かな衝撃作。第26回三島由紀夫賞受賞。《解説・西加奈子》(朝日文庫)
結佳のことは、谷沢。陽太は、伊吹。二人は、互いを名字で呼び合います。しかも、呼び捨てにして。
今思えば、あの頃は恥ずかし過ぎて異性に向かって下の名前など言えたものではなかったのです。だからといって、(誰も彼をも)呼び捨ててよいかというとそうでもない。しかし、結佳と陽太の場合は、出会ったはじめから相手をそんなふうに呼ぶようになります。
小学4年生の結佳、あるいは中学2年になったときの結佳。いずれにおいても、幼いからという理由で彼女を侮ってはいけません。彼女自身が言うのですから間違いないのですが、小学4年の時、既に彼女は、(わからぬうちに)性に対する激しい衝動を感じ取るようになっています。
そして中学2年生になり、彼女の「衝動」は叶うことになります。それが大層早いことかどうかは別にして、そのことよりも、はるか以前から結佳の身体の中にはその「行為」に対するたしかな予感があったということに驚かされます。
結佳が陽太と“行為におよぶ”その少し前のとき。夜、結佳はテレビで深夜番組の映画を観ています。(そういう気持ちを喚起するには申し分のない映画だったのですが)彼女はふっと、自分の体内に、久しぶりに熱が宿ったのがわかります。
今までは、この熱は行き場がなくて、私は暴れてばかりいた。ふと、自分の熱に触ってみようと思った。
彼女は、初潮が来てから三年半経つのですが、直接自分の性器に触れたことがありません。風呂ですら、さっとスポンジで擦るくらいで、指で触れたことがないのです。
部屋に行き、シーツに潜り、触ってみると、下着の上からもそこがとても柔かいということがわかります。他の皮膚とは違い、内臓と同じ物質でできているように思えます。その奥の疼きを引き出すように、結佳は柔かい穴を下着の上から指で辿り続けます。
怖くて中に指を入れられません。疼きのほうが、まるで外へ出たいというかのように、柔らかい穴の奥で少しずつ膨らんでいきます。
伊吹の精液も、あのとき、こんなふうに膨れて行ったのだろうか。そう思うと、急激に疼きが増幅した。下着の隙間から直接柔かい皮膚に触れると、そこは少し水けを帯びているみたいだった。自分の体の中に、目と鼻と口と尿道以外にも水が出る場所があったのだと、少し不思議に思った。
私は自分の太ももを指でたどった。そこにも、疼きがあった。あんなに嫌いだった脂肪だらけの脚も、こうして触れると、柔らかくてここちよかった。性器どころか、自分の身体のどこにも、ろくに触ったことがなかったことに、ふいに気が付いた。
奥手で臆病、自意識だけが先走りする中学2年の少女は、クラスの男子に対し、面と向かって話すことさえできません。目立たず、思ったこともほとんど口に出せずにいます。そんな彼女が、誰も知らないところで、陽太にだけ「別の自分」を晒して見せます。
同級生でありながら、陽太は格別に幼い男子として描かれます。初めて結佳と出会った時の陽太は、結佳より背が低く、まるで〈子ども子ども〉しています。結佳は陽太を見下し、陽太のことを自分の「おもちゃ」のように扱います。
一方、その間における彼女の学校での毎日は決して楽しいものではありません。楽しいふりを続けることのみに執心し、孤立しないことを第一に、目立たずにいる息の詰まるような日々だったのです。学校も、学校や家のある街自体も、彼女は大嫌いだと言います。
しかし、その「ふり」もやがて剥がれて、いっとき、彼女は自暴自棄寸前の状態になります。今度こそ本当に嫌われるという覚悟で、彼女は陽太を誘い出します。陽太は結佳に「今日は嫌いと言いに来た」と言い、結佳は「私は言われに来たんだと思う」と返します。
しかし二人の間には、たしかに何かが始まる前の予兆のようなものがあります。その時二人はずいぶん素直になってはいますが、それでも二人はまだ中学生で、そうなるためにはあと少し時間がかかります。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆村田 沙耶香
1979年千葉県印西市生まれ。
玉川大学文学部芸術学科芸術文化コース卒業。
作品 「授乳」「ギンイロノウタ」「ハコブネ」「殺人出産」「コンビニ人間」「消滅世界」など
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