『木挽町のあだ討ち』(永井紗耶子)_書評という名の読書感想文

『木挽町のあだ討ち』永井 紗耶子 新潮文庫 2025年10月1日 発行

直木賞・山本周五郎賞受賞作

人情と驚きが感動を呼ぶ傑作!

雪の夜、木挽町の芝居小屋の裏手で、菊之助なる若衆が果たした見事な仇討。白装束を血に染めて掲げたるは父の仇、作兵衛の首級 (しるし)。二年後。目撃者を訪ねる武士が現れた。元幇間、立師、衣裳部屋の女形・・・・。皆、世の中で居場所を失い、悪所に救われた者ばかり。「立派な仇討」 と語られるあの夜の 〈真実〉 とは。人の情けと驚きの仕掛けが、清々しい感動を呼ぶ直木賞・山本周五郎賞受賞作品。(新潮文庫)

この物語は、確かにある 「仇討」 の一部始終を描いていますが、その 「鮮やかさ、立派さ」 の意味合いが他とはちょっと異なっています。結末を迎えるまでに幾重にも張り巡らされた伏線をことごとく回収し感動を呼ぶ構成は、みごとという他ありません。真に賞に相応しい作品だと思います。

あれは忘れもしない二年前の睦月の晦日。雪の降る晩のことでございます。
そこの芝居小屋、森田座の裏通りに、唐傘を差した人影がありました。その下に鮮やかな振袖が覗いていて、こいつは役者と逢引きをするいいところのお嬢様かな、という風情。芝居小屋から漏れ聞こえる三味線の音と相まって、何やら色恋の芝居の一場が始まるような有様で。

するとそこへ一人の博徒が三下男を一人率いてやって来た。その名は作兵衛。身の丈六尺はあろうという大男。やれ、やくざと喧嘩をして刃傷沙汰を起こしたとか、若い娘に無体をしたとか、とかく賭場の界隈で悪い噂の絶えない三十路ほどの強面でございます。

その作兵衛、一人で佇む娘の姿に邪な心持を抱いたと見え、にやついた顔で近づきます。
「若い娘がこんな時分に一人でいちゃあ、危ないぜ」
なんて言って、袖に手を伸ばしやがる。芝居の帰りで路地を覗く野次馬もありましたが、娘を助けようって気骨のある者は誰もいない。それをいいことに作兵衛めがぐいっと娘の腕を引きます。

すると娘は唐傘を落とすと共に、ひらりと振袖を脱ぎ捨てて作兵衛に投げつけた。ややっと思うとそこに現れたのは、白装束を纏った前髪の若衆。年のころは十五、六。雪の中でもなお分かる白皙の美少年だ。それが太刀をすらりと抜き放ち、さっと正眼に構えて前を見据えるその佇まいの凛々しいこと。

「我こそは伊納清左衛門が一子、菊之助。その方、作兵衛こそ我が父の仇。いざ尋常に勝負」
その声は朗々と響き、すわ仇討だ、と、先ほどとはまた違う筋書きの一幕が始まった。

続々と集まった野次馬もさすがに刀に怯え、遠巻きに人垣が出来た。ぽっかり空いたところに上手い具合に芝居小屋の窓から零れる明かりが差して、向き合う二人を照らしている。
作兵衛は衆目の中で逃げるわけにもいかないと覚悟を決めたらしく、すっと長脇差を抜き放つと、険しい顔で若衆を睨む。しばし時が止まったように静かに雪が降り積もる。

いざ若衆が気合と共に斬りこむと、作兵衛も振りかぶる。一合、二合と刃を合わせる音が辺りに響いた。しかしこの二人、何せ体がまるで違う。このままでは華奢な若衆菊之助がやられてしまう・・・・・・・と、思ったが、その身軽さでひらりひらりとかわすうち、作兵衛の息が上がってきた。

こいつは菊之助の策か、と思った矢先、
「やあ」
と一声高く上げ、菊之助は勢いよく刀を揮った。
「ぐわああ」
断末魔の声が辺りに響き、ぶわっと真っ赤な血飛沫が白い雪の上に飛び散り、菊之助の白装束も瞬く間に紅に染まる。作兵衛がどうと倒れ込んだ。三下が、
「親分」
と叫び駆け寄るも動きはない。菊之助は怯むことなく足を進め、倒れた作兵衛に馬乗りになって止めをさした。立ち上がった作之助の手には赤い塊が・・・・・・・

父の仇、作兵衛。討ち取ったあり
高らかに謡い揚げたそれは、なんと作兵衛の首級。こうして首を抱えた菊之助は闇に駆けていき、降り続く雪が静かに赤い血を消していった。(「第一幕 芝居茶屋の場」 より)

※タイトルを、なぜ 『木挽町のあだ討ち』 としたのか? 「仇討ち」 ではなく 「あだ討ち」 とした理由を、よ~く考えてください。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆永井 紗耶子 1977年神奈川県生まれ。慶応義塾大学文学部卒。新聞記者を経て、フリーランスライターとなり、新聞、雑誌などで幅広く活躍。2010年、『絡繰り心中』 で小学館文庫小説賞を受賞し、デビュー。2020年に刊行した 『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』 は、細谷正充賞と、本屋が選ぶ時代小説大賞、2021年、新田次郎文学賞を受賞した。他の著書に 『大奥づとめ よろずおつとめ申し候』 『福を届けよ 日本橋紙問屋商い心得』 『横濱王』 『広岡浅子という生き方』 『女人入眼』 などがある。

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