『ぴんぞろ』(戌井昭人)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/12 『ぴんぞろ』(戌井昭人), 作家別(あ行), 戌井昭人, 書評(は行)

『ぴんぞろ』戌井 昭人 講談社文庫 2017年2月15日初版

浅草・酉の市でイカサマ賭博に巻き込まれた脚本家の「おれ」は、まるでサイコロの目に導かれるように、地方のさびれた温泉街に辿り着く。そこであてがわれたのは、ヌード劇場の司会業。三味線弾きのルリ婆さんと、その孫リッちゃんとの共同生活の末に訪れた、意外な結末とは。野間文芸新人賞受賞作家の話題作。(講談社文庫)

流れるようにコトが進むということがあるけれど、座間のピンゾロから、おれはわけもわからず流されて、群馬県の山奥のひなびた温泉場に行く羽目になった。サイコロの目に意味があるのならば、その意味は座間が死んだことでは終わらず、おれ自身のサイコロは転がり続け、いっこうに目が出ないでいた。

舞台は浅草。脚本家の「おれ」は、頼まれた芝居の脚本を長谷川のおっさんに届けると、飲みに行こうというおっさんからの誘いを断り、馴染みの水谷食堂へ行こうと思いつきます。「ほーらやっぱ、ここにいた」と声がして、見ると座間カズオが立っています。

座間は四十代の男で、六区にある演芸場に出ているコメディアンなのですが、数年前から奇術師に弟子入りし芸の転向をはかっています。「おれ」の頼んだつまみを食いながら座間が言うには、実は高座ではやらない手品を密かに練習しているのだと言います。

五年間、毎晩三時間かけて彼が練習していたのは、チンチロリンでサイコロの目をすべて「一」の目に揃えること - ピンゾロという五倍になる役を自在に操り、しかも気付かぬ内に細工したイカサマサイコロを元あったものにすり替えるという技のことでした。

酉の市の日に開かれるというチンチロリンの賭場へ行こうと座間から誘われて、「おれ」は少々ビビりながらも、やりたいという気持ちに抗えず、結局はついて行くことにします。

博打場は南千住にあります。「おれ」はすでに十回勝って、目の前にはお札が積まれています。一方で座間は一度も勝っていません。緊張しているのか、どんぶりの外にサイコロをふり出してしまうションベンや、二倍払わなくてはならない負け役を二回も出しています。

イカサマはまだやっていません。次の座間の番のとき、チラッと彼を見ると、どんぶりからサイコロをすくい出すとき、手首が一瞬、不自然に内側に曲がった気がします。サイコロを握った手を額の前で祈るように回していますが、崖っぷちに取り残されたような表情で、奥歯を強く噛みしめた頬の向こうから、コリコリと音が聞こえてきます。

座間がどんぶりの中にサイコロをふりこもうとした瞬間のことです。五分刈りの男の手が伸び、座間の手首をグイッと掴みます。座間はといえば、目をかっと見開き、赤い毛氈に視線を落としたまま、かたまっています。男はゆっくりと座間の手を引き寄せます。

ぶくぶくと変な音がすると思ったら、座間の口から泡が噴き出て赤い毛氈に落ちてゆくのがわかります。肩をゆすると、足下に熱いものが流れてきて、「おれ」のスボンが濡れてゆきます。座間は小便を漏らし、全身が痙攣し、横に倒れて動かなくなります。
・・・・・・・・・
さてさて、ここに至るまでの話もとびきり面白いのですが、更に上を行くのが、これからあとに続くひなびた温泉場でのあれやこれやの騒動です。それは何とはなしに昭和チックな、アホらしくもどこか切ない、そして時に妖しくエロチックな情景でもあります。

そうなるに及んで「おれ」に目が出たかというと、そうであるよな、ないような。いささか覚束ないのですが、少なくともそこにいたのがルリ婆さんであり、孫のリッちゃんであったのは、「おれ」にとって何より救いであったに違いありません。

この物語になくてはならないのは、浅草界隈にいるいかにもな人々の吐き出す空気と、酉の日の鷲(おおとり)神社で売られている縁起物の熊手、中で中央に位置する「おかめ」の面です。

面は折々に登場し、ただふくよかに微笑むばかりです。但し、その笑みの裏では、生きとし生ける者の憐れや愚かの正体を、全部わかって承知しているようでもあります。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆戌井 昭人
1971年東京都調布市生まれ。
玉川大学文学部演劇専攻卒業。俳優、劇作家。

作品 「鮒のためいき」「どろにやいと」「まずいスープ」「ひっ」「すっぽん心中」「俳優・亀岡拓次」「松竹梅」「ただいま おかえりなさい」他

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