『踊る男/木部美智子シリーズ』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『踊る男/木部美智子シリーズ』望月 諒子 新潮社 2026年1月30日 発行

俺は祭りの仕掛け人だ。英雄だ!」 木部美智子、無敵の人と対決す。

あの男は、宙に浮かんでいる - 。

アルバイト先をストーカー騒ぎの末に辞めた井守拓実は、逆恨みを募らせ黒歴史の原点である中学時代の同窓生達に対し復讐を開始する。Xの中傷投稿、夜陰に乗じた連続暴行事件・・・・。ライターの木部美智子は一見無関係な犯行の間に共通項を見出し、警察に先んじて井守へとたどり着く。しかし、動機の不可解さと証拠の脆弱さが美智子の前に立ちはだかり - 自意識肥大モンスターの内面を圧倒的筆力で描き出す、サイコ・サスペンスの最高到達点! (新潮社)

この物語の主人公であり、一連の事件の犯人・井守拓実は、言うほど頭が悪いわけではありません。ただ、空気が読めません。その上、自分は人より優秀なんだと、大きな勘違いをしています。

彼は、彼が思うところの 「ことを為した」 あと、ふいに踊り出すことがあります。何より、そうせずにはいられないように。

『踊る男』。今回は、なんだか楽しそうなタイトルだな、と思った。でもその男の 「楽しさ」 がなにによってもたらされているのかを知った時、心がざらりとした。

本書は、ある事件を起こす井守拓実という二十代の男性と、その事件を追うフリーライターの木部美智子の視点から交互に描かれている。

冒頭から、井守拓実の異常かつ幼稚な思考が綴られていく。読みながら心のざらつきがどんどん増していく。でも読むのが止められない。

彼の持つ 「自分の居場所はここではない」 という感覚を、かつて私も持っていた。中学生の頃の話だ。クラスメイトのことをうっすら蔑んでいるくせに、無視されるのは嫌だった。自分の居場所はここではない、どこかもっと私にぴったりの場所があるはず、と思うことでどうにか平静を保っていられた。

そんな場所はどこにもないんだよとようやく気づいた時には、二十歳を過ぎていた。居場所というのはどこかにあらかじめ用意されているものではなくて、自分が今いる場所でしかないのでそこで誠実にやっていくほかないのだと理解するまでに、さらに数年を要した。

ж

作中の木部さんのセリフとして 「人間のあるべき姿なんて、本能ではないから」 というものがある。

人間は、ただ本能のままに生きているだけでは、あるべき状態に到達できない。社会的なふるまいというものを誰かに教わり、あるいは周囲を見て学習し、そうしてやっと、社会に身を置くことができる。まちがった学習をしてしまうことも、当然ある。そうしてこの井守のような男が生まれてしまう。

でも彼の異常さは、平凡な異常さだと思う。矛盾したことばだけど、そんなふうにしか言えない。誰しも大なり小なり持っているような、幼稚さや欲の発露である。(以下略/寺地はるな 波 2026年2月号より)

※井守拓実は、いまさらに、何を恨んであんなことをしたのでしょう。いじめられてもいない相手に、いじめ返すようなことをしたのはなぜなのか。それももう、ずいぶん前のことなのに。さすがの木部美智子も、その意味がわかりません。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆望月 諒子
1959年愛媛県生まれ。兵庫県神戸市在住。
銀行勤務を経て、学習塾を経営。

作品 「神の手」「腐葉土」「大絵画展」「田崎教授の死を巡る桜子准教授の考察」「哄う北斎」「蟻の棲み家」「殺人者」「呪い人形」「最後の記憶」「野火の夜」他多数

関連記事

『歩いても 歩いても』(是枝裕和)_書評という名の読書感想文

『歩いても 歩いても』是枝 裕和 幻冬舎文庫 2016年4月30日初版 今日は15年前に亡くなった

記事を読む

『田舎の紳士服店のモデルの妻』(宮下奈都)_書評という名の読書感想文

『田舎の紳士服店のモデルの妻』宮下 奈都 文春文庫 2013年6月10日第一刷 東京から夫の故郷に

記事を読む

『嘘つきジェンガ』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『嘘つきジェンガ』辻村 深月 文春文庫 2025年11月10日 第1刷 直木賞受賞作 『鍵の

記事を読む

『エヴリシング・フロウズ』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『エヴリシング・フロウズ』津村 記久子 文春文庫 2017年5月10日第一刷 クラス替えは、新しい

記事を読む

『妖の掟』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『妖の掟』誉田 哲也 文春文庫 2022年12月10日第1刷 ヤクザ×警察×吸血鬼

記事を読む

『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』(江國香織)_書評という名の読書感想文

『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』江國 香織 集英社 2002年3月10日第一刷 It

記事を読む

『いちばん悲しい』(まさきとしか)_書評という名の読書感想文

『いちばん悲しい』まさき としか 光文社文庫 2019年10月20日初版 ある大雨

記事を読む

『バリ山行』(松永K三蔵)_書評という名の読書感想文

『バリ山行』松永K三蔵 講談社 2024年7月25日 第1刷発行 第171回芥川賞受賞作

記事を読む

『魚神(いおがみ)』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『魚神(いおがみ)』千早 茜 集英社文庫 2012年1月25日第一刷 第21回小説すばる新人賞 第3

記事を読む

『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』(三國万里子)_書評という名の読書感想文

『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』三國 万里子 新潮文庫 2025年6月1日 発行

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『それは誠』(乗代雄介)_書評という名の読書感想文

『それは誠』乗代 雄介 文春文庫 2026年4月10日 第1刷

『けんちゃん』 (こだま)_書評という名の読書感想文

『けんちゃん』 こだま 扶桑社 2026年1月20日 初版第1刷発行

『ジャクソンひとり』 (安堂ホセ)_書評という名の読書感想文

『ジャクソンひとり』 安堂 ホセ 河出文庫 2025年5月20日 初

『日暮れのあと』(小池真理子)_書評という名の読書感想文

『日暮れのあと』小池 真理子 文春文庫 2026年4月10日 第1刷

『イン・ザ・メガチャーチ』(朝井リョウ)_書評という名の読書感想文

『イン・ザ・メガチャーチ』朝井 リョウ 日本経済新聞出版 2026年

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑