『カフェーの帰り道』(嶋津輝)_書評という名の読書感想文
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『カフェーの帰り道』(嶋津輝), 作家別(さ行), 嶋津輝, 書評(か行)
『カフェーの帰り道』嶋津 輝 東京創元社 2026年1月23日 4版
第174回 直木賞受賞作

東京・上野のカフェーで女給として働いた、“百年前のわたしたちの物語“。
東京・上野の片隅にある、あまり流行っていない 「カフェー西行」。食堂や喫茶も兼ねた近隣住民の憩いの場には、客をもてなす個性豊かな女給がいた。竹久夢二風の化粧で注目を集めるタイ子、小説修行が上手くいかず焦るセイ、嘘つきだが面倒見のいい美登里を、大胆な嘘で驚かせる年上の新米・園子。彼女たちは 「西行」 で朗らかに働き、それぞれの道を見つけて去って行ったが・・・・・・・。大正から昭和にかけ、女給として働いた “百年前のわたしたちの物語“。(東京創元社)
近ごろ評判の直木賞受賞作、嶋津輝著 『カフェーの帰り道』 を読みました。帯には 「時代を映す鏡であった仕事 「女給」 を通し、大正から昭和を生きた市井の女性の人生を描き出す。毎日がいとおしくなる、第174回直木賞受賞作。」 とあります。
カフェーは今ならバーかキャバレー、女給はホステスかコンパニオンといったところでしょうか。カフェーではコーヒーやココアが飲め、食事もできるのですが、断じて 「喫茶店」 などではありません。若く美形の女給を揃え、サービス共々酒やビールを提供するのが主たる目的でした。
ところが 「カフェー西行」 はそうではなくて、むしろ “限りなく喫茶店に近い“ 店でした。客の多くは馴染の年寄りで、取り柄といえば気安さだけの、暇で小さな店ではあったのですが、それでも女給たちは、店で着るエプロンとたまに貰えるチップが魅力で、せっせせっせと働いたのでした。
- 『カフェーの帰り道』 は5章から成る連作小説で、物語構造に大きな特色がある。東京のカフェーは大正から始まり、風俗文化の1ジャンルとなり、女給のゴシップが新聞に掲載されることもあるほどに興隆した。
しかし本編の舞台となる 「カフェー西行」 は上野というカフェー文化の場末にある店で、そうした華やかさからは程遠い。第1章の 「稲子のカフェー」 では、そこで働くタイ子という女性が話の中心になる。彼女は女給としてはやや年齢が高いが、意外なことから世間に注目されるようになるのだ。
題名にある稲子というのは、夫の浮気相手がタイ子ではないかと疑う女性で、彼女が店にやってくることから話が始まる。
女性が働くことが当たり前ではなかった時代において、カフェーの女給は憧れの職業であったという前提がある。自分の手で金を稼ぐこと、着る物を選び自分のために装いを凝らすこと、といった自立への意志が各話の主人公に共通しており、大正から昭和前期の物語でありながら現代に通じる精神があるというのがまず美点である。
自分ではその気がないのに図らずも嘘つきになってしまう 「嘘つき美登里」 の主人公など、キャラクター造形も印象的なものだ。1話ごとに時が経っていく年代記形式をとっており、物語はやがて戦争の季節に突入する。戦争はすべてを奪うものだということが物語の中で示される 「出戻りセイ」 「タイ子の昔」 に胸を打たれる読者も多いだろう。最終章 「幾子のお土産」 まで無駄なところがひとつもない、実に見事な作品だった。(杉江松恋 「好書好日」 より抜粋)
※「百年も前のことなのに」 と感じるか、「たった百年前のことなのに」 と感じるかで、思うことはずいぶん変わるのだと思います。特に女性はそうなんだろうと。貧しさや行き場のなさや、受け身ばかりを引き受けてそれでも主張できない自分を諦めた貴女は、この小説をなんと読むのでしょう。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆嶋津 輝
1969年東京都荒川区生まれ。日本大学法学部卒業。
2016年、「姉といもうと」 で第96回オール讀物新人賞を受賞。19年、同作を含む短編集 『スナック墓場』 で書籍デビュー (文庫化にあたり、『駐車場のねこ』 と改題)。25年刊行の本書で第174回直木賞を受賞。他の著書に 『襷がけの二人』 がある。『猫はわかっている』 『私たちの特別な一日 冠婚葬祭アンソロジー』 などのアンソロジーにも作品が収録されている。
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