『未明の砦』(太田愛)_書評という名の読書感想文

『未明の砦』太田 愛 角川文庫 2026年3月25日 初版発行

最注目作家、渾身の社会派群像劇! 第26回大藪春彦賞受賞作

書かずにはいられない作者の熱意と熱情に選考委員は圧された」 作家 黒川博行

その日、共謀罪による初めての容疑者が逮捕されようとしていた。標的は大手自動車メーカー 〈ユシマ〉 の非正規工員・矢上ら4人。だが、突如発生した火災に乗じて4人は逃走する。誰かが警察の動きを伝えたのだ。所轄の刑事・薮下は事件に裏があると読んで独自に捜査を開始。さらに超法規的手段で日本を一変させようとするキャリア官僚が野心のために動き出す - 。格差と分断の社会を撃つ、瑞々しく切実な社会派青春群像劇! (角川文庫)

初読。「大藪春彦賞受賞作」 というのに惹かれて買いました。大作です。傑作かどうかはわかりませんが、胆力なしでは書けない、滾るような熱の籠った作品であるのは間違いありません。非正規社員の辛さ、惨めさは、その立場になってみないことにはわかりません。いつからなのでしょう、日本がこんな国になったのは。

東京・吉祥寺で、四人の若者を逮捕しようと警視庁組織犯罪対策部の捜査員が張り込んでいる。三人がホットドッグをテイクアウトし、仲間の一人が待つアパートの一室に向かおうとしたところで近所の飲食店の火災が起きて、騒ぎの中で警察は彼らを取り逃がす。

彼らはどんな犯罪に手を染めたのか?
だれもがそう思うだろう。私も思った。
ふだんテレビや新聞、ネットニュースで犯罪報道を見ているとき、私たちは知らず知らず警察の側からものを見ることになる。その視線をいったん読者に共有させておいてから、作家は思ってもみなかった方向に話を展開していく。

矢上、秋山、脇、泉原。二十代半ばから三十歳の彼らは、いずれも世界規模の自動車会社ユシマの生方第三工場で働く非正規雇用の工員である。工場で親しいわけではなかったが、同じ組み立てラインの班長である玄羽昭一が、房総半島にある亡き妻の実家に誘ってくれたのだ。

四人には、さまざまな事情で帰るべき家がないという共通点があった。バーベキューに海水浴、それまでの人生で一度も経験したことのない、「生きているのが楽しい」 と感じられる豊かな夏休みを四人は過ごす。

彼らの運命を変えるのは、夏の終わりの玄羽の突然の死だ。脇と泉原は期間工、矢上と秋山は派遣工と立場は違うが、本工と呼ばれる正社員の工員からは 「あんなふうにはなりたくない」 と見下され、ストレスのはけ口にされるのは同じである。初めはわずかな差異でいがみ合うことのあった四人だが、玄羽の死をきっかけに、自分たちを押しつぶそうとする巨大な不条理に、力をあわせて立ち向かっていく。

若者四人の視点だけでなく、ユシマ副社長の板垣、板垣の部下の日夏、警視庁警備局の萩原、ユシマ生方第三工場を管内に抱える南多摩署の薮下、さらに与党の重鎮政治家の相次ぐ突然の引退表明を追う週刊誌記者溝渕らの視点を移りながら、事件の真相が次第に明らかになる。(解説より)

668ページある大作の、229ページから始まる 「Are you ready to kill? 」 と題された第四章は、とても難しい。「日本の労働法制」 について、四人が四人なりに “学ぶ“ 場面が続くのですが、読み手としては正直かなりしんどいと思います。しかし、ここなくしてこの作品はありえない。そんな覚悟で読んでほしいと思います。その先には胸躍る怒濤の展開があり、圧巻のラストへと繋がっていきます。

房総半島での夏休みで、玄羽に墓地の草むしりを頼まれた四人は偶然、「文庫のねえさん」 と呼ばれる朱鷺子という白髪の女性に出会う。朱鷺子の家には膨大な本を納めた文庫があり、そこにある本を彼らに開放し、自由に読ませることにする。

乾いた砂地が水を吸い込むように、四人は思い思いにさまざまなことを学ぶ。労働法制の変遷や子どもの貧困、憲法について。自分の置かれた場所を初めて知り、自分の頭で考え、自分の足で立って歩き始める。(同解説より)

※読み通すには (それなりに) 我慢が必要です。へこたれないように。どうか途中で投げ出さないでください。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆太田 愛 1964年香川県高松市生まれ。青山学院大学文学部仏文科卒業。

2012年、『犯罪者 クリミナル』 で小説家デビュー。13年には第2作 『幻夏』 を発表。日本推理作家協会賞 (長編及び連作短編集部門) 候補になる。17年 『天上の葦』 では、高いエンターテイメント性に加え、国家によるメディア統制と権力への忖度の危険性を予見的に描き、大きな話題となる。20年刊行の 『彼らは世界にはなればなれに立っている』 で、高知市の 「TSUTAYA中万々店」 の書店員、山中由貴さんが、お客様に 「どうしても読んで欲しい」 一冊に授与する賞、第4回山中賞を受賞。24年、グローバル企業に闘いを挑む若者たちを描いた社会派群像劇 『未明の砦』 (本作) で大藪春彦賞を受賞。他の著書に 『最初の星は最後の家のようだ』 がある。

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