『玩具の言い分』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/12 『玩具の言い分』(朝倉かすみ), 作家別(あ行), 書評(か行), 朝倉かすみ

『玩具の言い分』朝倉 かすみ 祥伝社文庫 2012年7月30日初版

四十三歳の宇津井茂美はいまだに男性経験がない。自分と似た境遇の伯母が入院してしまい、独り身の行く末を案じていた。両親が伯母を見舞いに行ったため、代わりに父親の知人を接待することに。おくての茂美は、訪ねてきた三人が素敵な男性だと分かり、狼狽えるが・・・・。(『小包どろぼう』より) 大人の恋愛は複雑で苦い。だけど、どこか甘い。心にしみわたるアラフォー女性への応援歌。(祥伝社文庫)

小包どろぼう
茂美は、現在、43歳。ひとりですが、配偶者と死別したわけでも離別したわけでもありません。仲の良い伯母・きみちゃんと同様、一度も結婚歴がないタイプの独身です。

明日は休みだという日の夜9時頃のことです。ひまで本を読むことにした茂美は、(単行本でも文庫でも新書でもなく)昭和31年8月号の『主婦の友』という雑誌を手に取ります。雑誌は散歩の途中で古本屋で買ったもの。彼女はこの手のものを好んで読みます。

その日留守番を頼まれ、茂美が父の客人を接待することになったのは、70歳を過ぎたきみちゃんが肺炎で入院したのが原因で、客人がやって来るまでの間、茂美は読むともなく『主婦の友』を眺めています。

表紙をめくると黴の臭いがします。日に灼けて変色したページは(現在の女性誌とは違い)紙質がよくありません。雑誌を見ながら、何気に茂美はきみちゃんと過ごした幼い頃を思い出しています。歳は違えど似た者同士のきみちゃんに、ひとり思いを馳せています。

きみちゃんだってきっと(雑誌の中の)こういう人妻に憧れていたのだろう。というより、夫を持つ将来をてんから信じていたのではないか。自分が少数派にまわるなど若かりし頃のきみちゃんの頭にはまるでなかったのかもしれない。茂美はそんなことを考えています。

雑誌を見ると「ホルモン」という単語が目につきます。当時は「ホルモン」が新しかったらしく、美容関係の商品にはホルモンの配合を謳ったものが多くあります。

「のむ美容整形」として紹介されている健康薬品は、のむと新陳代謝がさかんになり、血行血色が良化され、女性本来の体質になると書いてあります。ヤセルホルモンなど6つの薬効が「女らしいスタイル美」を創るという錠剤は、「薬効の美容体操」と呼ばれています。
・・・・・・・・・
「ホルモン」の広告を見ていると、やがて(世話を頼まれた)客人がやって来ます。

最初茂美は、客人を(三人の)家族だと思っています。さぞや晴ればれとした心持ちでいることだろう。大学に合格した息子は初めて親もとを離れ、両親にとっては一抹の寂しさもあるのだろうが、それでも青空のような気持ちでいるのだろうと思っています。

妻は一家の主婦として張り切っているんだろうと。妙に色艶のよい女が脳裏をよぎります。顔立ちはわからないが、満たされた女の肌は血の巡りがよくてつやつやしている。夫と息子に挟まれ、頬を上気させはしゃぐ中年女の様子を、茂美はひとり思い描いています。

茂美からしてみたら、「たべ残した果実のない女」だ。「たくさん実のなった大きな木」に、「猿みたいに登って行って」、なるたけ甘そうなのを選んで「もいだ」経験のある女を目の当たりにすると、わずかに傷つくのだった。

茂美はホルモン配合の健康薬品の広告を眺め、何気に申し込んでみようかなという気になります。販売元はもはや存在していないかもしれないし、商品はもう無いのだろうと思うのですが、それでも、雑誌にある振替番号に送金したら届きそうに思えます。

(来るとしたら)小包郵便に違いない。茶色い紙で包装され、縄みたいな紐で十字にぎゅっと縛ってあって、荷札が付いている。そんな小包が届きそうに思えてきます。

女らしさを約束するホルモンが、時間を超えてやってくる。それがあれば絶対だ。という気がする。それさえあれば、手に入れられるものがきっとあるにちがいない。

茂美の中では、小包の中身が果実になってゆきます。男も恋愛も結婚も出産もみんな「女性らしさを約束するホルモン」の賜物だと彼女は思います。叶うなら、ぜひ味わってみたい。糖度は違うだろうが、多くの女たちが欲しがるのだから、甘いに決まっている。

そう思うのですが、その一方で彼女はこうも思います。小包は、あらかじめ、用意されている 用意されていて、たぶん、届く時期も決まっている。しかし、きみちゃんに小包が届かなかったように、自分にもきっと届かないのだろうと茂美は思います。なぜなら、それはもともと用意されてはいないのだからと。

そういいきかせても、しかし、茂美は自分自身を説得できません。男や恋愛や結婚や出産を経験した女たちは、みんな、小包どろぼうなんだと、彼女は思います。

やつらは、われわれの敵だよ、きみちゃん。かかわり合った(数少ない)過去の男たちを思い出しながら、今茂美は、予期せぬ三人の男を前にして、(薄ぼんやりとではありますが)たしかに自分が欲情しているのを感じています。

※ 他に、5編あります。ときにコミカル、ときには遠い日を思い出し、胸が痛むかもしれません。どれかひとつでも読んでみてください。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆朝倉 かすみ
1960年北海道小樽市生まれ。
北海道武蔵女子短期大学教養学科卒業。

作品 「田村はまだか」「夏目家順路」「深夜零時に鐘が鳴る」「感応連鎖」「肝、焼ける」「声出していこう」「ロコモーション」「恋に焦がれて吉田の上京」など

関連記事

『ホワイトラビット』(伊坂幸太郎)_書評という名の読書感想文

『ホワイトラビット』伊坂 幸太郎 新潮文庫 2020年7月1日発行 兎田孝則は焦っ

記事を読む

『ボニン浄土』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『ボニン浄土』宇佐美 まこと 小学館 2020年6月21日初版 刺客は、思わぬとこ

記事を読む

『バールの正しい使い方』(青本雪平)_書評という名の読書感想文

『バールの正しい使い方』青本 雪平 徳間書店 2022年12月31日初刷 僕たちは

記事を読む

『後悔病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『後悔病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2017年4月11日初版 33歳の医師・早坂ルミ子は末期のがん

記事を読む

『汚れた手をそこで拭かない』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『汚れた手をそこで拭かない』芦沢 央 文春文庫 2023年11月10日 第1刷 話題沸騰の

記事を読む

『岡山女/新装版』(岩井志麻子)_書評という名の読書感想文

『岡山女/新装版』岩井 志麻子 角川ホラー文庫 2022年6月25日改版初版 ここ

記事を読む

『熊金家のひとり娘』(まさきとしか)_生きるか死ぬか。嫌な男に抱かれるか。

『熊金家のひとり娘』まさき としか 幻冬舎文庫 2019年4月10日初版 北の小さ

記事を読む

『田舎でロックンロール』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『田舎でロックンロール』奥田 英朗 角川書店 2014年10月30日初版 これは小説ではありませ

記事を読む

『からまる』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『からまる』千早 茜 角川文庫 2014年1月25日初版 地方公務員の武生がアパートの前で偶然知り

記事を読む

『海』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『海』小川 洋子 新潮文庫 2018年7月20日7刷 恋人の家を訪ねた青年が、海か

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『余命一年、男をかう』(吉川トリコ)_書評という名の読書感想文

『余命一年、男をかう』吉川 トリコ 講談社文庫 2024年5月15日

『鎮魂』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『鎮魂』染井 為人 双葉文庫 2024年5月18日 初版第1刷発行

『いっそこの手で殺せたら』(小倉日向)_書評という名の読書感想文

『いっそこの手で殺せたら』小倉 日向 双葉文庫 2024年5月18日

『いつか、アジアの街角で』(中島京子他)_書評という名の読書感想文

『いつか、アジアの街角で』中島 京子他 文春文庫 2024年5月10

『チョウセンアサガオの咲く夏』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『チョウセンアサガオの咲く夏』柚月 裕子 角川文庫 2024年4月2

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑