『教育』(遠野遥)_書評という名の読書感想文
『教育』遠野 遥 河出文庫 2026年4月20日 初版発行
またひとり落ちていく 成績が待遇を決める全寮制の学校で 「教育」 という名の支配がいま始まる

予測不能な芥川賞作家の会心作
成績向上のため、一日三回以上のオーガズムを推奨する全寮制の学校で、念力テストの対策や授業、翻訳部の部活動に励む私は、ある日、友人の真夏に恋人ができたのを知って - 。規律と欲望が渦巻く閉鎖空間で、運命に翻弄される少年少女たちを、冷酷な筆致で描いた、芥川賞受賞第一作となる初長篇。◎解説=吉川浩満 (河出文庫)
第一感 - これはエロ小説か? と。おそらく読んだ女性の多くが気分を悪くするのではないかと。ありえない設定に、思考が追いつかないかもしれません。(書いた作家の) 真意を、よーく考えなければなりません。
いったい何を読まされているのか。
『教育』 を読む者に最初に訪れるのはそうした感慨ではないだろうか。遠野遥の芥川賞受賞後第一作にして初の長篇小説は、「一日三回以上のオーガズム」 が超能力の開発を促すとされる全寮制の学校を舞台とした、一風変わった、いや、だいぶ変わった学園ドラマとなった。戸惑い、困惑し、あるいは不快感を覚える読者もいるかもしれない。だが、この作品を単なる奇想や挑発として退けるわけにはいかない。本作には、人間と社会の見え方を一変させてしまう力がある。
「ディストピア」 という言葉を思い浮かべる読者も多いだろう。
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ところが 『教育』 は違う。本作は想像ではなく、転位 (ずらし) によって、ありうるべきもうひとつの現在を構築してみせる。現実の社会で実際に行われていること - テストによる序列化、成果にもとづく管理、集団への同調圧力、成績向上のための規律 - を、ほんの少しだけ横にずらして再配置するのだ。試験が超能力テストになり、生活指導がオーガズム推奨になり、停学処分が 「補習」 になる。本作の読者を襲う発作的な笑いと悪寒はこのずらしの効果によるものだが、忘れてはならないのは、すべてが一様にずらされているわけではないということである。
監視は監視のまま、暴力は暴力のまま、寮制は寮制のままだ。生徒たちが成績のために食事を残さず食べ、運動し、睡眠をとり、規則正しい生活を送る様子にいたっては、われわれが知る学校寮の生活そのものである。
つまり、ずらしが世界を異様に見せる一方で、固定された要素はその世界が現実と構造的同型性をもつことを示している。その結果、読後感は 「われわれはこうなってしまうかもしれない」 ではなく、「われわれはすでにこれをしているのかもしれない」 になるだろう。この違いが重要である。
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遠野は一貫して、社会的規範への適応そのものが人間性を損なうメカニズムを描いてきた作家であり、『教育』 はその方法論が長篇の射程を得た最初の作品といえるだろう。『破局』 の陽介がラグビーと就活の規範に適応するうちに空洞化していったように、勇人は超能力テストとオーガズム管理のあいだで空洞化していく。長篇であるぶん、その空洞はかつてなく深く暗い。そして管理された世界に順応した勇人の声は、管理そのものの声と区別がつかなくなる。遠野の文体は管理社会の内部報告のように静かであり、だからこそ不穏なのだ。(解説より抜粋)
※とんだものを読まされた。だが、読んでよかった。傑作である。- 吉川浩満氏による解説の最後の一行はこんな文章で締められています。たしかに 「とんだもの」 で、たしかに 「読んでよかった」 とは思いますが、平々凡々な私には、これが 「傑作」 かどうかはわかりません。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆遠野 遙
1991年神奈川県生まれ。東京都在住。
慶応義塾大学法学部卒業。
2019年、『改良』 で第56回文藝賞を受賞しデビュー。2020年 『破局』 で第163回芥川賞を受賞。その他の著書に 『浮遊』 『吸血鬼』 がある。
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