『イン・ザ・メガチャーチ』(朝井リョウ)_書評という名の読書感想文

『イン・ザ・メガチャーチ』朝井 リョウ 日本経済新聞出版 2026年4月9日 第16刷

第23回本屋大賞受賞
第9回未来屋小説大賞1位
第2回あの本、読みました?大賞1位

神がいないこの国で人を操るには、物語を使うのが一番いいんですよ

- ファンダム経済を築く者、のめりこむ者、かつてのめりこんでいた者。世代や立場の異なる3つの視点が炙り出すのは、虚実入り混じった情報あふれる時代に人々を行動へと突き動かす “物語“ の功罪。事実と解釈、連帯と暴走、成長と信仰、幸福と中毒、人生と孤独・・・・・・・沈みゆく列島で、“界隈“ は沸騰する。(日本経済新聞出版)

遅ればせながら、今最注目の朝井リョウ著 『イン・ザ・メガチャーチ』 を読みました。まずはじめに、登場する三人の人物を紹介しましょう。三人はそれぞれに、ある動機をもとに走り出します。それが自分の人生にとって、唯一無二の選択なんだと。突き動かしたのは、「物語」 でした。

久保田慶彦(47) レコード会社勤務、かつて洋楽担当

7年以上前に離婚し、元妻や一人娘の澄香とは離れて暮らしている。幼いころから海外志向の一人娘が自慢で、経理部に異動してからは澄香の海外留学を応援することを心の糧としていた。40代後半を迎え公私ともに停滞を感じる中、過去に洋楽部門で業務を共にした同期からとある能力を買われ、デビュー間近のアイドルグループ運営への協力を打診される。澄香の留学資金への足しにもなるだろうと、慶彦はその依頼を引き受ける。

武藤澄香 (19) 慶彦の娘、留学生との交流サークルに所属

大学生の澄香は、父親の影響もあって洋楽や洋画を好きになったが、大学の同級生と比べて自分の “海外志向“ が本物なのか自信を失っていた。そんなとき、同じバイト先の友人宅で、最近デビューが決まった男性アイドルのアクリルスタンドを見つける。そのアイドルのことを考えているうちは悩みやストレスが軽減していることに気づき、やがてそのアイドルが所属するグループに資金、時間、労力を注ぎ始める。

隅川絢子 (35) 契約社員、俳優の藤見倫太郎を応援中

契約社員の隅川絢子は同じ会社の先輩と俳優の藤見倫太郎を応援している。生活は苦しいが、倫太郎を応援している時間と同じ志を持つ仲間の存在が日々の潤いとなっている。とある夜、倫太郎に関するハッシュタグをトレンド入りさせるべくファンダム総出で奮闘していたところ、SNSのタイムラインに思わぬニュースが流れ込んでくる。

よろしいですか? この小説には “イマドキの“ 耳慣れない言葉がたくさん出てきます。やたら省略したそれらの言葉の意味や使い方などを知らないままに読み出すと、それがストレスで話に集中できずに貴重な読書体験が台無しになる恐れがあります。知っているという人は大丈夫。知らない、聞いたこともないという人は、(主だったものを以下に書き出しておきましたので) あらかじめ予習しておくことをおススメします。

まずは、タイトルです。「メガチャーチとは?」 から始めましょう。

メガチャーチとは?】 主にアメリカで見られる、通常の教会よりはるかに大規模で、礼拝出席者が概ね2,000人以上に達するプロテスタント系の巨大教会を指します。近年は宗教施設としてだけでなく、福祉・教育・娯楽など多機能なコミュニティセンターとしても機能する例が多いとされています。(ネットで検索すると出てくるAIの回答)

そして。

その “界隈“ で交わされる会話や文章の中に出てくる言葉の意味を理解しておきましょう。私みたいなロートルにはさっぱりわかりません。

サバ番:サバイバルオーディション番組の略称。主に視聴者投票型とプロデューサー選考型がある。
ファンダム:特定の人物や作品等のファン集団のこと。公式の名称が指定されていることも多い。
タグイベ:ハッシュタグイベントの略称。指定のハッシュタグのトレンド入りを目指すケースも多い。
スミン:再生回数を増やすため、特定の動画や音源を繰り返し再生する行為。
オプチャ:オープンチャットの略称。LINE等の匿名チャット機能を利用した情報交換の場。
スペース:Xの音声配信機能。雑談・交流等の場としても活用されている。
骨格・骨:表舞台に立つ人物の “生まれ持った希少性“ を端的に表現した言葉。
横転・顔ない:受け取った情報への衝撃や呆気に取られた感情を表す流行フレーズ。
愚痴垢:愚痴を吐くために設けられたSNSアカウント。伏せ字との親和性が高い。

そしていよいよ、この物語の 【核心】 はというと。本文中にこんな文章があります。核心に至るキーワードで満ち満ちた以下の文章を頼りに、どうか最後までたどり着いてください。

一の情報から十の感情を受け取り、自分の人生に引き寄せて百の物語を生み出す。そして、その物語に自分以外の人間を巻き込むべく、千の布教に励む。
信徒気質の花道を観測していると、この人たちの脳みそをどこまで溶かせるのだろうという、ある種の人体実験にも似た甘く冷たい緊張感が湧き上がってくる。今後どれほど視野狭窄を促せるのか、どれほど自他の境界を溶かせるのか、自分の中に潜む酷く暴力的な興味が燻り始めるのがわかる。
見てみたい。この人たちが、たった一の情報から、千を超えて万の、億の、兆の布教に励むところを。

そのためにはどんな施策が有効なのか。
どんな情報をどのタイミングでどのような形式で差し出すのがベストなのか。

考え始めると止まらない。 

※花道:サバイバルオーディション番組を経て結成された、9人組グローバルボーイズグループ・Bloome のファンダム名。“〇〇(個人名) の花道“ のように使うことも。

最後に。[BOOKSELLER’S COMMENTS 書店店さんの声] から一つだけ。

自分が分からない。自信が持てない。周りになじめない。相手の気持ちが理解できない。そんな、社会や家族に溶け込めず、自身に劣等感や葛藤を抱く人々の心の声が、耳元に聴こえてくるような物語。みんな、自分だけの特別な 「物語」 を探している。しかし、その出逢った 「物語」 が一歩間違えば、善と悪、幸不幸のいずれかに反転してしまう。そんな、両刃の剣になり得る可能性を秘めている、警告のヒューマン・エラー小説。[紀伊國屋書店福岡本店 宗岡敦子さん]

※帯に 「令和日本の空気とうごめきを小説に封じ込め、人の心を動かす物語の光と闇を炙り出す。」 とあります。「光と闇」 は 「虚と実」 と言い換えても良いのかもしれません。「虚」 と知りながら、いや、「虚」 だからこそ、あえてそれに身を委ねていたい。人には、そんな気持ちがありはしないでしょうか。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆朝井 リョウ
1989年岐阜県不破郡垂井町生まれ。
早稲田大学文化構想学部卒業。

作品 「桐島、部活やめるってよ」「もういちど生まれる」「何者」「世界地図の下書き」「世にも奇妙な君物語」「スター」「正欲」他多数

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