『それは誠』(乗代雄介)_書評という名の読書感想文

『それは誠』乗代 雄介 文春文庫 2026年4月10日 第1刷

第169回 芥川賞候補作 第40回 織田作之助賞受賞 第74回芸術選奨文部科学大臣賞受賞

高校生の、一日限りの冒険 心揺さぶる青春小説に、絶賛の声、続々! 

修学旅行で東京を訪れる高二の僕。自由行動をともにする班員たちが行き先の観光地を提案し合うなか、僕にはどうしても行きたい場所があった。道中のささやかな会話や景色のきらめきが、やがて高校生たちの一日限りの冒険に満ちてゆく。織田作之助賞と芸術選奨文部科学大臣賞を受けた傑作。執筆時の思いを綴る随筆 「Sに」 を収録。(文春文庫)

七人が交わす “会話“ が絶妙で、その年頃の男子や女子がいかにも言いそうな科白や言い回しに 「ああ、何人か集まれば確かにそんなふうだった」 と、懐かしく思い出しました。交わす会話はもとより、時折りできるおかしな “間“ も含め、大事なことも無意味なことも、全部まとめて 「青春」 なんだと。

今回の芥川賞候補作である。語り手の 「佐田誠」 は高校生。生まれてすぐ両親は離婚したので、父を知らず、母も三歳で他界したという。この際に誠を引き取ろうとしてくれた叔父さんがいた。誠は修学旅行の最中に長年会っていない叔父さんにこっそり会いにいこうとする。

百万人が泣く青春小説が書けそうな設定だが、誠がモノローグ文体で綴る回想録は、男女七人から成る修学旅行班の、ときに素晴らしくしょうもない出来事や脱線だ。わかりやすい 「ドラマ」 や 「プロット」 があるわけでもない。エピソードの数は多いが、それが連結していく本筋が見えない、かもしれない。

だからこそ、私はこの行き惑う言葉の叢れを一語一句、楽しんだ。そもそもモノローグの醍醐味は正確で順序だった記録性にあるわけではなく、むしろ 「芯」 を食わない非効率性にあると私は思う。

誠自身が 「書吃音 (かきつおん)」 という造語を使っているが、どもること、言いよどむこと、一直線的に進まないこと。「例の居心地悪い自然な導入ってやつ」 を懸命に避けようとする本作の出だしなど、ディケンズのようなヴィクトリア朝小説の古典的導入を蹴飛ばす 『ライ麦畑でつかまえて』 の冒頭を意識しているのが窺える。

架空のお話を物語る小説というものはどこか白々しい。誰が、どうして、誰に向かって書いているのか? という疑問が頭をもたげたら、もう信憑性を失ってしまう。乗代はこうしたオーサーシップの問題にごくセンシティブな書き手であり、彼の作品の成立原理には、「書く」 という行為に内在する時間的な遡行と、情報の遅延の不可避性がつねにあるのだ。

終盤、最高に大事な質問を前にして、またもや会話の軸は逸れる。「僕は自分の知らないところで何かが起こってるのだけがうれしいんだ。それでずっと一人でも平気なんだ」 と言いつつ、仲間との時間を身動き一つ、語尾の一つに至るまで書き留める、誠のその熱を愛と呼ぶんじゃないだろうか? (鴻巣有季子/週刊ポスト 2023年9月15・22日号 全文 )

◎オーサーシップとは、主に研究や論文の世界で 「研究に実質的に貢献し、その内容に責任を負う著者としての資格・権利」 を指し、単なる名前載せではなく、成果の正確性や倫理面への説明責任を伴う概念のことをいいます。

「ディケンズのようなヴィクトリア朝小説の・・・・・云々」 については、随筆 「Sに」 をお読みください。サリンジャーのことがとても詳しく書いてあります。

※タイトルの 「それは誠」 は、どんな理由で付けられたのか。読むとわかるのですが、実は、思うほど大したことではありません。拍子抜けするかもしれません。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆乗代 雄介
1986年北海道江別市生まれ。
法政大学社会学部メディア社会学科卒業。

作品 「本物の読書家」「旅する練習」「最高の任務」「ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ」「皆のあらばしり」など

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