『月ぬ走いや、馬ぬ走い (ちちぬはいや、うんまぬはい)』 (豊永浩平)_書評という名の読書感想文

『月ぬ走いや、馬ぬ走い (ちちぬはいや、うんまぬはい)』 豊永 浩平 講談社文庫 2026年5月15日 第1刷発行

群像新人文学賞、野間文芸新人賞、沖縄書店大賞 (小説部門) トリプル受賞! 21歳、鮮烈なデビュー作!

過去から今をつらぬく暴力があり、それをうちやぶるほどの生の噴出が、ここにはある。永井玲衣

沖縄に生きるアメリカルーツの男子小学生、片足を失い幻肢痛に苦しむ米兵と結婚したコザの女性、特攻へ向かう旧日本軍将校 - 。14人の語りを通して戦中から現代までの沖縄の80年史を描き、その因果の物語を辿る。琉球大学在学中21歳でデビューした恐るべき才能による群像新人文学賞、野間文芸新人賞受賞作。(講談社文庫)

著者が 「21歳の大学在学中の青年」 だというのにまず驚きました。登場人物や話の順序はバラバラで、それらが (まるで無作為のように見せかけて)息つく間もなく次から次へと連なっていきます。中で特に驚異だったのが 「戦争」 の話の、やけにリアルだったことです。(記憶すらない若者が書いたとは思えない臨場感に) 以前読んだ、高橋弘希の 『指の骨』 を思い出しました。

「歴史」 と聞くと、ついつい教科書に載っていた年表を思い起こしてしまう。
過去から現在、未来へと向かう一本の線。前へ前へと伸びていく矢印のようなもの。

でもそうした姿は実のところ、誰かによって選び取られ整理され均されたエピソードのつらなりにすぎない。ひと続きのわかりやすく明快な物語のもと、そこに収まりきらない者たちの生は当然のように塗り潰されている。つるつるの年表から、その背後で雑多に積み重なっているはずの無数の声に思いを馳せるのはむずかしい。

だからこそ、この沖縄生まれの新鋭・豊永浩平は、 年代も世代もジェンダーもばらばらの語りの断片を並べることで 「歴史」 という営みそのものを捉え直そうと試みる。単に地方都市の閉鎖感を教科書どおりになぞるのではない。そこには、サンプリングの手法を通じて歴史自体をハックしてみせるような荒々しいエネルギーと切迫感がある。個々のからだに刻まれた社会の傷跡から、かつてない鮮やかさと生々しさで浮かびあがってくるのは、性と暴力の連鎖をめぐる沖縄の八十年史 - そしてなにより、今ここに重なるすべてのいのちへ向けた祈りだ。

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遠くでエイサーの太鼓の音がにぎにぎしく鳴り響く夏の祭りの光景から、銃弾と鮮血がそこここで飛び交う沖縄戦の激戦地の光景へ。あるいは、アンコントローラブルな生理中のからだをもてあましている女子高校生のあたしの鬱屈から、特攻艇隊の隊長として生を宙づりにされている の倦怠へ。あるいは、酒とドラッグを大量に流し込んだ身体で在沖米軍たちと退廃的なセックスに耽るぼく の厭世から、青臭さを隠しもしない全身全霊のラップをMVに詰め込んでいく男子高校生の ぼくの闘争へ。一行空きで隣りあった断片同士の残響は重なるようにしてつらなっていくものの、あくまで個々の語りは完結しないまま不穏に断ち切られ、ごつごつと確かなてざわりを残す。歴史をエピソードの繋がりとしてみるのではなく、ひとつひとつの破壊された瓦礫の積みかさなった、できあいのものとしてみること〉 (85ページ) - つまりこの小説の構成自体が、作中で直接的ないし間接的に言及されるヴァルター・ベンヤミンの歴史認識と叙述の方法を体現したものになっているわけだ。(倉本さおり/解説より)

◇ヴァルター・ベンヤミン:ドイツの文芸批評家、哲学者、思想家、翻訳家、社会批評家。

※14人の語り手が登場し、中に “ラップ“ が含まれています。語りかけるように、謳うように綴られるラップの節回しに調子を合わせて読んでみるのも一興かと思います。中々大変ですが、何度か読むと確かに熱い思いが伝わってきます。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆豊永 浩平
2003年沖縄県那覇市生まれ。琉球大学人文社会学部卒業。

’24年、本作 『月ぬ走いや、馬ぬ走い』 で第67回群像新人文学賞を受賞しデビュー。同作で第46回野間文芸新人賞、第11回沖縄書店大賞 (小説部門) を受賞。’26年1月、初の長篇小説 『はくしむるち』 (講談社) を刊行。

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