『サクリファイス』(近藤史恵)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『サクリファイス』(近藤史恵), 作家別(か行), 書評(さ行), 近藤史恵

『サクリファイス』近藤 史恵 新潮文庫 2010年2月1日発行

ぼくに与えられた使命、それは勝利のためにエースに尽くすこと - 。陸上競技から自転車競技に転じた白石誓(ちかう)は、プロのロードレースチームに所属し、各地を転戦していた。そしてヨーロッパ遠征中、悲劇に遭遇する。アシストとしてのプライド、ライバルたちとの駆け引き。かつての恋人との再会、胸に刻印された死。青春小説とサスペンスが奇跡的な融合を遂げた! 大藪春彦賞受賞作。(新潮文庫)

まずは解説にある大矢博子さんの文章から - 彼女は大の〈自転車好き〉なのだそうです - ざっとしたあらすじを紹介したいと思います。

主人公の白石誓は、もと陸上選手。オリンピック代表を期待されるほどのランナーだったが、勝つための走りに疲れ、引退。たまたま知ったサイクルロードレースの〈自分が勝つために走るのではない〉アシストというシステムに惹かれ、自転車競技に転向する。

ところが、彼と同じチームのベテランエース・石尾には、過去に自分の地位を脅かす若手を事故にみせかけてケガをさせ、再起不能にしたという黒い噂があった。それを承知で次期エースの座を虎視眈々と狙う新人レーサーの伊庭。アシストの役割に満足しているのに、その実力からエース候補だと思われてしまう白石。そしてついに、再び「事故」が起きて・・・・

と続いていくわけですが、(単行本発売前にゲラを読ませてもらった)大矢さんは、なまじ知っている世界が舞台とあって、(実のところは)心配の方が先に立っていたといいます。

何が心配だったかといえば、まず、日本ではマイナーなスポーツである分、単語のひとつひとつから説明しなくてはならないのではないか、ということです。だとしたら、説明過多の小説になってしまうのではないかと。

あるいはそうなるのを避けるがために、初心者におもねるような、物足りない、ヌルい作りになってはいまいか、ということです。

たしかに、私にも似たような思いがあります。なまじリアルに(私の場合、ほとんどがTV観戦ですが)見ているだけに、フィクションでそれ以上のものが味わえるのだろうかと。そう思うと、大概は読む気を失くします。

なら、なぜ読んだのか?

この本に限って言いますと、初めて読んだ著者の『カナリアは眠れない』という小説が気に入ったということはあると思います。近藤史恵という作家の文章が好きになったのが一番の理由で、もう一冊読んでみようという気になりました。

読むと決めたのがこの『サクリファイス』という本で、大藪春彦賞受賞作だというのが大きな理由です。賞を獲った小説が必ずしも面白いとは限りませんが、どうせなら、プロが選んだものを自分はどう感じるのか、それを知りたいと思いました。

しかし、(まぬけなことに)私はこれが自転車競技を扱った本だとは知らずにいました。今思うと、それがよかったのかもしれません。でなければ、きっと違う本を選んでいたかもしれません。少し後悔しながらも読み進めていくと -

(以下は大矢博子さんの解説にある文章です)

ところが、一読して。
ヌルいどころか!  なんというリアリティ、なんという臨場感。ヌルいんじゃないかなんてホザいたのはどこのどいつだ。私だ。ああ、穴があったら自分を埋めてコンクリ流し込みたい。偉そうなこと言ってごめんなさいごめんなさい、今から近藤さんちに行ってマシン磨きますから許してください・・・・という気分でのたうち回ること二十分。

- てな具合になったわけです。そして、さらに驚くべきは、あるいは笑ってしまうしかない、鉄壁のオチがあります。

実は、ある雑誌に、(著者の近藤さんは)ロードレースをリアルに観戦したこともなく、ロードバイクにも乗ったことがない - というコメントが載り、大矢さんはひっくり返ることになります。

・・・・ないのかよ!  経験ないのに、ここまでレーサーの気持ちを汲んで、ここまでリアルな躍動感溢れるレース小説を書いたのかよ! 近藤さんのマシンを磨きますとまで思ったのに! 

- と今度は大いに嘆き、さらに感心することになります。

この本を読んでみてください係数  80/100

◆近藤 史恵
1969年大阪府生まれ。
大阪芸術大学文芸学科卒業。

作品 「凍える島」「カナリアは眠れない」「ねむりねずみ」「巴之丞鹿の子」「天使はモップを持って」他多数

関連記事

『過ぎ去りし王国の城』(宮部みゆき)_書評という名の読書感想文

『過ぎ去りし王国の城』宮部 みゆき 角川文庫 2018年6月25日初版 中学3年の尾垣真が拾った中

記事を読む

『死ねばいいのに』(京極夏彦)_書評という名の読書感想文

『死ねばいいのに』京極 夏彦 講談社 2010年5月15日初版 3ヶ月前、マンションの一室でアサミ

記事を読む

『サンショウウオの四十九日』(朝比奈秋)_書評という名の読書感想文

『サンショウウオの四十九日』朝比奈 秋 新潮社 2024年7月10日 発行 同じ身体を生きる

記事を読む

『しゃべれども しゃべれども』(佐藤多佳子)_書評という名の読書感想文

『しゃべれども しゃべれども』佐藤 多佳子 新潮文庫 2012年6月10日27刷 俺は今昔亭三つ葉

記事を読む

『猫を拾いに』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『猫を拾いに』川上 弘美 新潮文庫 2018年6月1日発行 誕生日の夜、プレーリードッグや地球外生

記事を読む

『ザ・ロイヤルファミリー』(早見和真)_書評という名の読書感想文

『ザ・ロイヤルファミリー』早見 和真 新潮文庫 2022年12月1日発行 読めば読

記事を読む

『小説 学を喰らう虫』(北村守)_最近話題の一冊NO.2

『小説 学を喰らう虫』北村 守 現代書林 2019年11月20日初版 『小説 学を

記事を読む

『アニーの冷たい朝』(黒川博行)_黒川最初期の作品。猟奇を味わう。

『アニーの冷たい朝』黒川 博行 角川文庫 2020年4月25日初版 大阪府豊中市で

記事を読む

『鈴木ごっこ』(木下半太)_書評という名の読書感想文

『鈴木ごっこ』木下 半太 幻冬舎文庫 2015年6月10日初版 世田谷区のある空き家にわけあり

記事を読む

『三千円の使いかた』(原田ひ香)_書評という名の読書感想文

『三千円の使いかた』原田 ひ香 中公文庫 2021年8月25日初版 知識が深まり、

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『ジウⅠ 警視庁特殊犯捜査係 SIT 』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ジウⅠ 警視庁特殊犯捜査係 SIT 』誉田 哲也 中公文庫 202

『血腐れ』(矢樹純)_書評という名の読書感想文

『血腐れ』矢樹 純 新潮文庫 2024年11月1日 発行 戦慄

『チェレンコフの眠り』(一條次郎)_書評という名の読書感想文

『チェレンコフの眠り』一條 次郎 新潮文庫 2024年11月1日 発

『ハング 〈ジウ〉サーガ5 』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ハング 〈ジウ〉サーガ5 』誉田 哲也 中公文庫 2024年10月

『Phantom/ファントム』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文 

『Phantom/ファントム』羽田 圭介 文春文庫 2024年9月1

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑