『くっすん大黒』(町田康)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『くっすん大黒』(町田康), 作家別(ま行), 書評(か行), 町田康

『くっすん大黒』町田 康 文春文庫 2002年5月10日第一刷

三年前、ふと働くのが嫌になって仕事を辞め、毎日酒を飲んでぶらぶらしていたら妻が家を出て行った。誰もいない部屋に転がる不愉快きわまりない金属の大黒、今日こそ捨ててこます - 日本にパンクを実在させた町田康が文学の新世紀を切り拓き、作家としても熱狂的な支持を得た鮮烈のデビュー作。(文春文庫)

この小説が『文學界』に掲載されたのは1996年。町田康、34歳のときのことです。処女作にして(とてもそんな感じの作品ではないのですが)、翌年には第7回 Bunkamura ドゥマゴ文学賞、第19回野間文芸新人賞を受賞。芥川賞、三島賞の候補にもなっています。

どんな内容かといいますと - 奇妙なこだわりが強いあまり自堕落にならざるを得ない不器用な男が、自省・自制しないまま意味を放棄して脱力気味に疾走する様を独自の文体で描いた作品(wikipedia)- というような、わかったようなわからぬような話で、

平たく言うと、江戸落語に登場する〈八つぁん熊さん〉のような二人が、金もないのにまともに働きもせず、酒を飲み、愚にもつかない事をやるだけやってそれでおしまい、みたいな感じで進み、最後は「豆腐屋になろう」と決心して終わる、といった内容なわけです。

主人公である「楠木正行」なる人物は絵に描いたようなダメ男で、(本人曰く、元々はたいそう美男であったのですが) 三年前のある日、ふと、働くのは嫌だな、毎日ぶらぶら遊んで暮らしたいな、と思い立ち、思い立ったが吉日、ってんで、

その瞬間から仕事を辞め、それからというもの自分は、くる日もくる日も酒を飲んでぶらぶらしたのであるが、また別の日、ただ、ぶらぶらしているのも芸がない、なにか、無心になって打ち込めるもの、いわゆる趣味をもとう、と思い立ち・・・・、

たまたま朝刊に挟まっていたチラシを見て、彼は「写経」を始めます。ところが、やってみると、これがちっとも楽しくありません。二時間ばかり歯を食いしばって頑張ったにも拘わらず、やっぱり駄目で、しょうがないので写経をやめ、

趣味なんて考えた自分が馬鹿だった。やはり、なにもしないのが一番だと、反省し、この三年というもの、毎日、酒を飲んでぶらぶらしていたのである。

そんな時、たまに顔でも洗ってみるかと洗面所の鏡を見ると、たらふく飲んだ酒のせいで、

かつて、紅顔の美少年、地獄の玉三郎などと称揚された自分の顔が、酒ぶくれ水ぶくれに脹れ上がり、(中略)なんとも浅ましい珍妙な面つきとなり果てているのである。なんとも面白い顔であるよなあ。まるであの大黒様のようだ。はは。と、しばらく鏡を見て笑っていたのであるが、・・・・

ここにきて、彼は今まで全く訳が分からないでいた、家を出て行ったきり帰ってこない妻の行動の意味にようやく気付きます。自分でもこんな顔を見て暮らすのは嫌なのに、生真面目な妻なら尚更そうに違いない。なるほど、やっと分かった。と彼は得心します。
・・・・・・・・・
現金、通帳はいうに及ばず、宝石、株券等、妻は金目のものは洗いざらい持ち出しています。ぶらぶらしていただけの彼は、妻が出て行った今、ただの百円も持っていません。

飲みたい酒が飲めないでいると、苛々と心が落ち着かず、とても切ない気分で、寝るしかないので寝転がってはみるものの、ちっとも眠くなりません。おまけに、むかむかと怒りがこみ上げてきます。

彼は、(ぶらぶらするばかりではなく)寝床でぐずぐずするのも好む性分で、枕元の周辺にはいつも雑多な生活用具が散乱しています。さらにそれらに混じって、なぜ枕元にそれがあるのかよく分からないもの - ねじ回し、彩色していないこけし、島根県全図、うんすんかるた、電池などがあり、

そのよく分からないものの中に、五寸ばかりの金属製の大黒様があって、先前からむかついているのは、この大黒様、いや、こんなやつに、様、などつける必要はない、大黒で十分である、大黒のせいなのである。

以前から捨てよう捨てようと思って捨てられないでいる、座りの悪い小さな大黒様を、彼は今日こそ捨てると決心し家を出ます。

ところが、(何だかんだと不都合が続き)彼はなかなか大黒様を捨て置くことができません。その内彼は、年少の友人、菊池元吉のことを思い出します。楠本曰く、菊池は岩手県出身の親から仕送りをもらっている大学生であるが、そのくせ、ちっとも大学に行かず、

かといって遊んでいるわけでもなく、なんとなくぶらぶらしているという、まったくもって言語道断の人間の道理もわきまえぬふざけた野郎で、その生活ぶりは楠本のそれと酷似しており、類は友を呼んで、日頃から親しく交際している、数少ない友人です。

彼(楠本)は、その菊池に大黒様を委ね、あわよくば菊池の家で酒を飲み、飯を喰おうとしています。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆町田 康
1962年大阪府堺市生まれ。
大阪府立今宮高等学校卒業。

作品 「きれぎれ」「土間の四十八滝」「権現の踊り子」「告白」「宿屋めぐり」他多数

関連記事

『いかれころ』(三国美千子)_書評という名の読書感想文

『いかれころ』三国 美千子 新潮社 2019年6月25日発行 「ほんま私は、いかれ

記事を読む

『草祭』(恒川光太郎)_書評という名の読書感想文

『草祭』恒川 光太郎 新潮文庫 2011年5月1日 発行 たとえば、苔むして古びた

記事を読む

『木洩れ日に泳ぐ魚』(恩田陸)_書評という名の読書感想文

『木洩れ日に泳ぐ魚』恩田 陸 文春文庫 2010年11月10日第一刷 舞台は、アパートの一室。別々

記事を読む

『国境』(黒川博行)_書評という名の読書感想文(その1)

『国境』(その1)黒川 博行 講談社 2001年10月30日第一刷 建設コンサルタントの二宮と暴

記事を読む

『家系図カッター』(増田セバスチャン)_書評という名の読書感想文

『家系図カッター』増田 セバスチャン 角川文庫 2016年4月25日初版 料理もせず子育てに無

記事を読む

『君のいない町が白く染まる』(安倍雄太郎)_書評という名の読書感想文

『君のいない町が白く染まる』安倍 雄太郎 小学館文庫 2018年2月27日初版 3月23日、僕は高

記事を読む

『カエルの小指/a murder of crows』(道尾秀介)_書評という名の読書感想文

『カエルの小指/a murder of crows』道尾 秀介 講談社文庫 2022年2月15日第

記事を読む

『神の子どもたちはみな踊る』(村上春樹)_ぼくたちの内なる “廃墟” とは?

『神の子どもたちはみな踊る』村上 春樹 新潮文庫 2019年11月15日33刷 1

記事を読む

『6月31日の同窓会』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『6月31日の同窓会』真梨 幸子 実業之日本社文庫 2019年2月15日初版 「案

記事を読む

『黒牢城』(米澤穂信)_書評という名の読書感想文

『黒牢城』米澤 穂信 角川文庫 2024年6月25日 初版発行 4大ミステリランキングすべて

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『血腐れ』(矢樹純)_書評という名の読書感想文

『血腐れ』矢樹 純 新潮文庫 2024年11月1日 発行 戦慄

『チェレンコフの眠り』(一條次郎)_書評という名の読書感想文

『チェレンコフの眠り』一條 次郎 新潮文庫 2024年11月1日 発

『ハング 〈ジウ〉サーガ5 』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ハング 〈ジウ〉サーガ5 』誉田 哲也 中公文庫 2024年10月

『Phantom/ファントム』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文 

『Phantom/ファントム』羽田 圭介 文春文庫 2024年9月1

『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』(谷川俊太郎)_書評という名の読書感想文 (再録)

『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』谷川 俊太郎 青土社 1

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑