『作家的覚書』(高村薫)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『作家的覚書』(高村薫), 作家別(た行), 書評(さ行), 高村薫

『作家的覚書』高村 薫 岩波新書 2017年4月20日第一刷

「図書」誌上での好評連載を中心に編む時評集。一生活者の視点から、ものを言い、日々の雑感を綴る。今というこの時代、日本というこの国に生きることへの本能的な危機意識が、生来の観察者を発言者に変える。2014年から16年まで、日本がルビコンを渡った決定的時期の覚書として、特別な意味を持つ一冊である。(岩波新書)

時としてこんな本を読もうという気になります。他の人が書いたものなら、たぶん読まない。高村薫だから読んでみようと思いました。

『空海』のときもそうで、空海よりむしろ、空海を通じて高村薫が何を語るのかが知りたくて読んでみようと思いました。よくある解説書などとは違い、別の何かが書いてあるのではないかと。

内戦が続くシリアや、暴力の応酬が続くパレスチナなどの状況は日本人にとって遠いものでしかないが、想像するに、暴力や死が日常になっているとすれば、そこでは絶望もまた日常になり、個々人の身体感覚になっていることだろう。

東京の図書館や書店で『アンネの日記』を破ったとして逮捕された人などは、絶望がそうして個人の身体感覚となり、民族の記憶になるような悲劇的状況の存在を日本人に教えてくれたのがアンネ・フランクであったことを、知るはずもない。

こう書いたあと、著者の思いは東日本大震災へと移ります。震災からちょうど3年の節目に、高村薫は初めて被災地を訪ねます。

放射能汚染のために未だに流された船舶や車が放置されたままの福島の沿岸部や、人の消えた広大な更地に無数のブルドーザーやダンプカーだけが行き交う岩手の沿岸部など、復興の現状は様々ながら、肝心の被災者たちはそこにはいません。

そのせいだろう、家族を失い、財産も仕事も将来の見通しも失った人々の絶望はかたちもなく、あるのは巨大な土木工事の喧噪、もしくは人間の暮らしの気配もない海風と原野だけなのだ。

数十万の被災者たちの絶望はいま、どこで、どんなかたちをしているのか。絶望は個々人の心身に身体感覚として刻まれてはいるのだろうが、共同体や土地の集合的な記憶になっているのか、それともなっていないのか、- ふとそんなことを高村薫は思います。

19年前の阪神・淡路大震災の被害状況とは異なり、住民がちりぢりになってしまった東北では、個々の絶望もまたちりぢりになって集合体にはならない。人のいない原野は復興に名を借りた公共事業の草刈り場になり、震災の絶望の記憶は留まるすべもないといいます。

故郷を離れ避難している被災者は、故郷を再建するという能動的な意思を持とうにもそんな力はなく、結果として国や自治体を頼るだけとなっている現状に、絶望のいくらかは、望むような援助や復興がなされないことへの不満へと形を変え、

公共サービスが発達した近代国家では、どんな大災害も復興の期待で被災者を宙づりにし、個人の心身においてさえ、絶望は絶望になりきれないのかもしれない。

これら一連の文章は、岩波書店『図書』2014年5月号掲載の「絶望のかたち」と題されたコラムからの抜粋です。(本書ではP23~24)

特にこの内容に限ってを伝えたかったのではありません。こんな具合に綴られた、そのニュアンスを知ってほしいと思い紹介しました。

恥を承知で言いますが、私が一番に思うのは - どれほど知見を積めばこんな文章が書けるのだろう - といったまるで場違いで節操のない感想です。思うべきもっと大事なことを後に回して、まず思うのは、如何せんそんなことなのです。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆高村 薫
1953年大阪市東住吉区生まれ。
同志社高等学校から国際基督教大学(ICU)へ進学、専攻はフランス文学。

作品 「マークスの山」「照柿」「レディ・ジョーカー」「冷血」「太陽を曳く馬」「李歐」「黄金を抱いて翔べ」「新リア王」「太陽を曳く馬」「空海」他多数

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