『からまる』(千早茜)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『からまる』(千早茜), 作家別(た行), 千早茜, 書評(か行)

『からまる』千早 茜 角川文庫 2014年1月25日初版

地方公務員の武生がアパートの前で偶然知り合った不思議な女。休日になるとふらりとやって来て身体を重ね帰っていくが、彼女の連絡先も職業も分からない。ある日、武生は意外な場所で彼女を目撃してしまう・・・・(第1話「まいまい」)。妻に浮気をされた中年男、不慮の妊娠に悩む女子短大生、クラスで問題を起こした少年・・・・。いまを懸命に生きる7人の男女。泉鏡花賞作家が複雑にからみ合う人間模様を美しく艶やかに描いた群像劇。(角川文庫)

第1話「まいまい」 20代後半の地方公務員・筒井武生の日常と謎の〈雨宿り女〉の話。
第2話「ゆらゆらと」 武生の職場で働く女性・田村の憂鬱とその親友、華奈子の話。
第3話「からまる」 武生の上司である係長が妻の不倫に悩む話。
第4話「あししげく」が武生の姉・恵の、第5話「ほしつぶ」が恵の息子・蒼真の話。
第6話「うみのはな」 第2話に登場する華奈子の生きざまについての話。
第7話「ひかりを」 第1話に登場する〈雨宿り女〉の焦燥とキリンレモンが飲みたくなる話。

大まかに書くとこんな感じになります。

最初イメージしたのはもっと違う感じだったのですが、意外にもハートフルでハッピーな話であるのに、何だか騙されたまま読み終えてしまったようで落ち着かないでいます。

期待していたのとは別の展開で、挙句、あんな(ありきたりな)終わり方をするとは。何があって彼女はこんな話を書いたのだろう。まるでらしくない。(と私は思う)  こんなことなら読まなければよかった。

からまる? そりゃあ、普通これだけ人がいればからまりもするわけで、普通にいる人のことを、わざとそうではないように書かないでほしい。あざといだけで、美しくも何ともない。

最初登場する武生は、まあよしとしましょう。彼は役所に勤めるごく平凡な地方公務員で、暇な福祉介護課で介護保険料の収納と還付の仕事をしています。受けた試験にたまたま受かってなった職員の彼はさしあたりの目標もなく、日々淡々と業務をこなしています。

武生は、時々、思います。「自分も気付けば係長のように穏やかな表情を貼りつけ、人畜無害の人間として扱われるようになるのかと。別に害のある人間になりたいわけではないが、なんだろう苦いものが込みあげる」と。

(話が始まったばかりの)この辺りは、先に続く展開にまだ期待もするわけです。

実は、この時点で既に〈雨宿り女〉は武生の部屋に上がり込み、早々に彼とベッドを共にします。- 正確に言いますと、女は武生のアパートの前で雨宿りをしており、それを見兼ねた武生が部屋へ招き入れたということ。女の正体は知れず、名前も名乗りません。

・・・って、あります? 地味で何を考えているのかわからない(これは私の主観です)、如何にも公務員らしい武生にはまだそれなりの共感(!? )が持て興味も湧きますが、〈雨宿り女〉はいけません。(先を読むまでもなく)  こんな女、いるわけがない!

もうネタバレもクソもなく言ってしまいますが(※ 知りたくない人はここから先は読まないでください)、この〈雨宿り女〉の正体はなんとなんと循環器内科を専門とする若手の女医で、名前を「葛月」と言い、至極真っ当な女性であるのがわかります。

歪んだところがまるでない。病院にいて、何度も死にかけた老人が唯一慕う「先生」として、最後まで老人を見守ります。彼と彼の妻に寄り添い、亡くなったあと、彼が伝えようとした大事なことに気付きます・・・・といったエンディングを迎えます。

そんな「先生」が、何があって武生風情とからまるの? 理由についての説明らしき文章があるにはありますが、読むと、それも何だか訳のわからぬ方便としか思えません。発端は理解できても、なぜそれが「武生」なのかがわからないのです。

武生とからまる田村、田村の親友の華奈子、武生の姉と息子の話についても、いまいち何だかなあという感じ。唯一、武生の上司の係長の話はちょっと読んでもいいかと思います。が、それもよくある話ではあるのですが・・・・

この本を読んでみてください係数  70/100

◆千早 茜
1979年北海道江別市生まれ。
立命館大学文学部人文総合インスティテュート卒業。

作品 「魚神」「桜の首飾り」「あとかた」「眠りの庭」「森の家」「男ともだち」他

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