『誰にも書ける一冊の本』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2017/12/07 『誰にも書ける一冊の本』(荻原浩), 作家別(あ行), 書評(た行), 荻原浩

『誰にも書ける一冊の本』荻原 浩 光文社 2011年6月25日初版


誰にも書ける一冊の本 光文社文庫

 

荻原浩が好きである。

 

この小説は複数の作家による競作の中の一つで、「死様(しにざま)」が共通のテーマになっています。

他には、佐藤正午、白石一文、土井伸光、藤岡洋子といった作家が名を連ねています。

 

荻原浩が書いたのは、病床で死を目前にした父が密かに書き綴っていた自伝「小説」と、息子である「私」がその「小説」を読みながら辿る自分史です。

父親が命の期限を告知されまさに死に逝く間際になって、初めて息子は父親の存在を正面に据えて眺めるものなのでしょうか。

息子と父親の関係というものは、ある時期を境にして急速に他人行儀なものになってしまいます。

そして気が付いたとき目の前にいる父親は、もう面と向かってきちんと話も出来ないくらいに耄碌して小さくなっているのです。

多くを語らず怒鳴られたこともないのに、それでも父親はどこかしら怖くて逆らえない人でした。

 

しかし、今その姿は見る影もありません。

生体情報モニタにつながれ人工呼吸器を付けた父の意識は、もう戻らないと医師から告げられていました。

東京から函館に戻り、病院で母親から渡されたのは紙袋に入った原稿用紙の束でした。それは、孫娘の香乃から貰った万年筆で3年程前から書いていたという父の小説でした。

広告業のかたわら小説を書いている「私」に読んでもらいたかったのではないか、と母親は言います。

「本にしたいんじゃないかね、お前みたいに。羨ましかったんでないかい」...思いもよらない話に「私」は面食らうばかりです。

 

人は誰にも、一生に一冊の本が書けるという...父の場合、それは「長く短い物語」というタイトルの自伝でした。

大正13年に福島県大沼郡本郷町(現在の会津若松市)に生を受けたところから始まり、開拓民として家族で北海道へ移植した少年時代へと話は展開して行きます。

熊と格闘して背中に大傷を負った武勇伝、中学進学の費用を稼ぐために父親と行ったニシン漁、そして戦争の話。

配属されたマレーのアエルタワル基地、空中戦で敵国の若者が墜落していく様を歓喜した自分を恥じ、懺悔の思いが綴られます。

しかし何よりも意外で驚いたのは、父が実は文学の道に進みたかったと告白していることでした。父親からは縁遠い、全く気配を感じることがなかった事実に唖然とする「私」です。

・・・・・・・・・・

読み出した当初は、ただの素人が書いた自己顕示欲だけが強くて家族以外の誰も読まないであろう小説を、いつしか真剣に校正している「私」がいます。

父の小説を読み進める間、「私」は「私」の来し方と行く末にも思いを巡らせています。

離婚して独り身でいること。デビュー作の小説はそこそこ評価されたものの、二作目が出たきりで三作目の発注はまだどこからも来てはいないこと、等々。

しかしながら、父の死と父が遺した小説を読んだことが契機となり、「私」のなかで将来への新しい希望が芽生えてくるのです。

それを後押しするように、葬儀の当日期待していなかった人物が遠方から訪れてくるのでした。

 

この本を読んでみてください係数 80/100


誰にも書ける一冊の本 光文社文庫

◆荻原 浩

1956年埼玉県大宮市生まれ。

成城大学経済学部卒業。広告制作会社、コピーライターを経て、1997年小説家デビュー。

作品 「オロロ畑でつかまえて」「コールドゲーム」「明日の記憶」「お母様のロシアのスープ」「あの日にドライブ」「四度目の氷河期」「愛しの座敷わらし」「砂の王国」他多数

◇ブログランキング

応援クリックしていただけると励みになります。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『地下街の雨』(宮部みゆき)_書評という名の読書感想文

『地下街の雨』宮部 みゆき 集英社文庫 2018年6月6日第55刷 地下街の雨 (集英社文庫)

記事を読む

『鳥の会議』(山下澄人)_書評という名の読書感想文

『鳥の会議』山下 澄人 河出文庫 2017年3月30日初版 鳥の会議 (河出文庫 や) ぼく

記事を読む

『八月の路上に捨てる』(伊藤たかみ)_書評という名の読書感想文

『八月の路上に捨てる』伊藤 たかみ 文芸春秋 2006年8月30日第一刷 八月の路上に捨てる

記事を読む

『生存者ゼロ』(安生正)_書評という名の読書感想文

『生存者ゼロ』安生 正 宝島社文庫 2014年2月20日第一刷 生存者ゼロ (宝島社文庫 『こ

記事を読む

『闘う君の唄を』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『闘う君の唄を』中山 七里 朝日文庫 2018年8月30日第一刷 闘う君の唄を (朝日文庫)

記事を読む

『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』(尾形真理子)_書評という名の読書感想文

『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』尾形 真理子 幻冬舎文庫 2014年2月10日初版

記事を読む

『ふじこさん』(大島真寿美)_書評という名の読書感想文

『ふじこさん』大島 真寿美 講談社文庫 2019年2月15日第1刷 ふじこさん (講談社文庫

記事を読む

『ぶらんこ乗り』(いしいしんじ)_書評という名の読書感想文

『ぶらんこ乗り』いしい しんじ 新潮文庫 2004年8月1日発行 ぶらんこ乗り &nbs

記事を読む

『百舌落とし』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文

『百舌落とし』逢坂 剛 集英社 2019年8月30日第1刷 百舌落とし 後頭部を千枚通

記事を読む

『木になった亜沙』(今村夏子)_圧倒的な疎外感を知れ。

『木になった亜沙』今村 夏子 文藝春秋 2020年4月5日第1刷 木になった亜沙 誰か

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『新装版 人殺し』(明野照葉)_書評という名の読書感想文

『新装版 人殺し』明野 照葉 ハルキ文庫 2021年8月18日新装版

『三千円の使いかた』(原田ひ香)_書評という名の読書感想文

『三千円の使いかた』原田 ひ香 中公文庫 2021年8月25日初版

『トリニティ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『トリニティ』窪 美澄 新潮文庫 2021年9月1日発行 トリ

『エリザベスの友達』(村田喜代子)_書評という名の読書感想文

『エリザベスの友達』村田 喜代子 新潮文庫 2021年9月1日発行

『殺人カルテ 臨床心理士・月島繭子』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『殺人カルテ 臨床心理士・月島繭子』大石 圭 光文社文庫 2021年

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑