『月蝕楽園』(朱川湊人)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/11
『月蝕楽園』(朱川湊人), 作家別(さ行), 書評(か行), 朱川湊人
『月蝕楽園』朱川 湊人 双葉文庫 2017年8月9日第一刷
癌で入院している会社の後輩。上司から容態がよくないことを知らされ、伝えてほしいことがあると言われた私は、激しい抵抗を感じながら病院に行く。そして病室を前に、逡巡した。- このまま帰ったほうがいいのかもしれない。なぜなら・・・・・・・(「みつばち心中」)。みつばちのほか、金魚、蜥蜴、猿、孔雀が短編の題名になった作品集。そのどれもが重く、切なく、登場人物たちの「その後」が気になる恋愛小説。(双葉文庫)
みつばち心中
噛む金魚
夢見た蜥蜴
眠れない猿
孔雀墜落
以上、五話からなる短編集。『月蝕楽園』 がそうなら、各々に付いたタイトルがまた妖しい。不穏なような、ありもしない世界のことが書いてあるような感じがします。人はそれを 〈ノスタルジック・ホラー〉 などと呼びます。
全編に共通するのは 「恋愛」。但し、見た目それはとても 〈アブノーマル〉 なかたちをしています。倒錯した性愛であるとか、夫婦であるのに端からセックスレスであるとか、異形にしか愛を感じない男であるとか、
多数派に対し、どこか歪な、少数の人のことが語られています。猿のような顔に生まれ、何ひとつ取り柄もない男の恋愛の顛末であるとか、身体と心の性が違う青年の、(あくまでも女性であろうとする) 切ない思いが招く災いであるとか、
描き出しているのは、望んでそうなったわけではない人たちの、望んでもいない事態に対する行き場のない〈感情〉と、それ故自分を縛り、自分を否定するしかない言いようのない〈悲しみ〉です。
彼女らは傷つき、自分を責めます。彼らは一縷の望みを託し彼女に賭けるのですが、事は願うようには成就しません。ただでさえ痛めつけられているのに、彼ら彼女らは、結局のところそれを上積みされ、報われず、しばし言葉を失うことになります。
※中でオススメなのは 「夢見た蜥蜴」 でしょうか。ちょっと昔懐かしい江戸川乱歩の短編を読んでいるような気分になります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆朱川 湊人
1963年大阪府生まれ。
慶應義塾大学文学部国文学科卒業。
作品 「フクロウ男」「花まんま」「白い部屋で月の歌を」「太陽の村」「鏡の偽乙女 薄紅雪華紋様」「遊星ハグルマ装置」「さくら秘密基地」「なごり歌」他多数
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