『邪魔』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/14
『邪魔』(奥田英朗), 作家別(あ行), 奥田英朗, 書評(さ行)
『邪魔』奥田 英朗 講談社 2001年4月1日第一刷
『最悪』と双璧をなす、奥田英朗のクライム・ノベルの傑作。第4回大藪春彦賞受賞作。
渡辺裕輔は高校2年生。既に高校を辞めた弘樹と洋平の3人でつるんでは悪さを繰り返しています。おやじ狩りと称して帰宅途中のサラリーマンを襲っては現金を奪っていた彼等は、ある日そうとは知らずに現役刑事を襲ってしまいます。反撃してきた刑事によって洋平は右腕を折られ、裕輔は顎の骨を砕かれてしまいます。刑事が同僚刑事の花村に関して素行調査をしている現場でのことです。
及川恭子は34歳の主婦。サラリーマンの夫と2人の幼い子供と東京郊外で暮らし、パート社員として食品スーパーで働いています。ある日、夫・茂則の勤務先で放火事件が発生し、火災の第一発見者だった夫の茂則に放火の疑いがかかったことで、平穏だった恭子の日々は徐々に様変わりして行きます。時を同じくしてスーパーで起こる、パートの待遇改善を図ろうとする活動家からの熱心な働きかけにも頭を悩ませます。
九野薫は36歳、凶行犯係の現職刑事。7年前に妻を交通事故で亡くして以来、不眠に悩み、亡き妻の母親を心のよりどころにしています。同僚の花村の行動確認を命じられているのですが、逆恨みが増すばかりの花村によって警察官の身分を脅かされる事態にまで追い込まれます。
一方放火事件の捜査を進めるなかで、九野は経理課長の及川茂則の存在に辿り着き、やがて理由は不明ながらも、放火犯が及川であると確信するに至ります。
物語は放火事件を中心に据えて、恭子と九野の視点から交互に語られて行きます。
「夫は悪い人間ではない。やさしいし、人付き合いもいい。しかし、つまらない不正をする・・・。」
恭子が夫・茂則に抱く小さな不信感。見せなくなって久しい給与明細を調べてみると、新車の購入資金として会社で組んだというローンの形跡は見当たりません。車の資金はどこから工面したのか、給与とは別に現金で支払われているという、小遣いにしている手当は本当に支給されているのだろうか。
いくつかの疑問はあるものの、いやなことはなるべく見ないようにして、恭子は心の均衡を保っています。放火事件についても、絶対夫であるはずがないと頑なに自分に言い聞かせています。
元婦警で今は水商売に鞍替えした脇田美穂と九野は、一時期男女の仲でしたが今では過去の話です。しかし現在の美穂に執心な花村にとって、九野はあくまで邪魔な存在です。あらゆる手段を講じて九野を陥れようと企む花村は、九野に暴行を受けた裕輔たちに被害届を出すよう強要します。裏には暴力団の大倉という男がおり、大倉は花村との絡みで裕輔や洋平を組へ取り込み、及川の勤める会社とも因縁があるという人物です。
共産党系のグループに加わり、スーパーに対して待遇改善を訴える恭子の変身ぶりは目を見張るものがあります。それは恭子自身が驚くほどの変わり様で、それまでの事なかれ主義から一転して闘争のリーダー的存在にまで成り上がります。彼女本来の性分が開花したのか、身辺を脅かすトラブルに半ば開き直った結果なのかは定かではありませんが、最終的に彼女が行き着く地点への、大きな伏線として作者が用意したプロットにも思えます。
九野は及川を追い込んで行きます。花村が九野に迫ります。追い込まれた及川と入れ替わるように、九野の前には恭子が現れます。
この本を読んでみてください係数 90/100
◆奥田 英朗
1959年岐阜県岐阜市生まれ。
岐阜県立岐山高等学校卒業。プランナー、コピーライター、構成作家を経て小説家としてデビュー。
作品 「ウランバーナの森」「最悪」「東京物語」「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」「町長選挙」「ララピポ」「オリンピックの身代金」「ナオミとカナコ」他多数
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