『アンダーリポート/ブルー』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文

『アンダーリポート/ブルー』佐藤 正午 小学館文庫 2015年9月13日初版

15年前、ある地方都市のマンションで男が撲殺される事件が起こった。凶器は金属バット。死体の第一発見者は被害者の隣人で、いまも地方検察庁に検察事務官として勤める古堀徹だった。事件は未解決のまま月日は流れるが、被害者の一人娘・村里ちあきとの思わぬ再会によって、古堀徹の古い記憶のページがめくれはじめる - 。

古堀は事件当時、隣室に暮らすちあきの母親・村里悦子と親しい間柄だった。幼いちあきを預かることも多く、悦子が夫の暴力にさらされていた事実や「もし戒める力がどこにも見つからなければ、いまあなたがやろうとしていることは、あやまちではない」という彼女の人生観に触れる機会もあった。

その頃の記憶にはさらにもう一人の女性の存在もあった。女性はある計画について村里悦子を説得したはずだ。「一晩、たった一度だけ、それですべてが終わる」と。

記憶をもとに湧きあがる、あるとんでもない疑惑。

荒唐無稽な仮説は、繰り返し検証される過去の出来事や、(そう呼ぶにはあまりに心もとない)ほんのわずかな物証で、次第次第に、(起こるべくして起こった)疑いようのない事実へとその様相を変化させてゆきます。

中に、警察白書の巻末、資料編のページにある刑法犯罪の「認知件数」及び「検挙件数」のことが書かれています。何が為かというと、世の中には警察によって公式に発表されない「発覚しない犯罪」というものがたしかにあるということ。

実際に起きているのに報告されない(=アンダーリポート)犯罪、統計には含まれることのない犯罪の数 - それを「暗数」と呼ぶらしい。

殺人事件における暗数は少ないとされている。殺人はおおむね露見するものと決まっている。ただし、少ないというのはゼロと同じではないし、おおむねはすべてと同じではない。たとえ少数でも、発覚していない殺人事件がおそらく存在する。

そう考えた古堀は、まだ死体が発見されずにいるような場合と違い、現に死体が発見されている場合においても、(極めて稀に起こり得る)ある暗数の可能性に思い至ります。

・・・・・・・たとえば自殺、たとえば事故死として決着のついている事件などについて、そのなかに仮に一件でも見逃された殺人、(自殺に見せかけた殺人、事故死を装った殺人)があったとすれば、それは警察には殺人として認知されない事件、つまりは殺人事件における暗数ということになる。

あるいは、さらに言えば、すでに死体が見つかっていて、しかもそれが殺人事件と認知されている場合にも暗数を指摘できるかもしれない。真実は公表されたものとはおよそ別種の殺人で、警察によって見逃された、また被害者の周辺にいた者の目にも見えなかった、発覚しない意図を持つ殺人であったとしたら・・・・・・・

古堀徹が閃いた、それが推理の発端となります。

よみがえる記憶を頼りに組み立てたひとつの仮説 - 交換殺人という荒唐無稽な物語が、まぎれもない現実として目の前に現れる! サスペンスフルな展開に満ちた長編小説『アンダーリポート』に加えて、新たに衝撃的なエンディングが描かれた『ブルー』を初収録した完全版。(解説:伊坂幸太郎/小学館サイトより)

この本を読んでみてください係数 85/100

◆佐藤 正午
1955年長崎県生まれ。
北海道大学文学部中退。

作品 「永遠の1/2」「Y」「リボルバー」「個人教授」「彼女について知ることのすべて」「ジャンプ」「鳩の撃退法」「月の満ち欠け」他

関連記事

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発行 朝日、読売、毎日、日

記事を読む

『かたみ歌』(朱川湊人)_書評という名の読書感想文

『かたみ歌』 朱川 湊人 新潮文庫 2008年2月1日第一刷 たいして作品を読んでいるわけではな

記事を読む

『雨の鎮魂歌』(沢村鐵)_書評という名の読書感想文

『雨の鎮魂歌』沢村 鐵 中公文庫 2018年10月25日初版 北の小さな田舎町。中

記事を読む

『夏の裁断』(島本理生)_書評という名の読書感想文

『夏の裁断』島本 理生 文春文庫 2018年7月10日第一刷 小説家の千紘は、編集者の柴田に翻弄さ

記事を読む

『悪果』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『悪果』黒川 博行 角川書店 2007年9月30日初版 大阪府警今里署のマル暴担当刑事・堀内は

記事を読む

『噂』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『噂』荻原 浩 新潮文庫 2018年7月10日31刷 「レインマンが出没して、女の子の足首を切っち

記事を読む

『アンチェルの蝶』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

『アンチェルの蝶』遠田 潤子 光文社文庫 2014年1月20日初版 大阪の港町で居酒屋を経営する藤

記事を読む

『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』(三國万里子)_書評という名の読書感想文

『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』三國 万里子 新潮文庫 2025年6月1日 発行

記事を読む

『沈黙の町で』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『沈黙の町で』奥田 英朗 朝日新聞出版 2013年2月28日第一刷 川崎市の多摩川河川敷で、

記事を読む

『十字架』(重松清)_書評という名の読書感想文

『十字架』重松 清 講談社文庫 2012年12月14日第一刷 いじめを苦に自殺したあいつの遺書

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『八月の母』(早見和真)_書評という名の読書感想文

『八月の母』早見 和真 角川文庫 2025年6月25日 初版発行

『おまえレベルの話はしてない』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『おまえレベルの話はしてない』芦沢 央 河出書房新社 2025年9月

『絶縁病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『絶縁病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2025年10月11日 初版第1

『木挽町のあだ討ち』(永井紗耶子)_書評という名の読書感想文

『木挽町のあだ討ち』永井 紗耶子 新潮文庫 2025年10月1日 発

『帰れない探偵』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『帰れない探偵』柴崎 友香 講談社 2025年8月26日 第4刷発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑