『憂鬱たち』(金原ひとみ)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2017/12/14 『憂鬱たち』(金原ひとみ), 作家別(か行), 書評(や行), 金原ひとみ

『憂鬱たち』金原 ひとみ 文芸春秋 2009年9月30日第一刷


憂鬱たち (文春文庫)

 

金原ひとみを読みました。

 

金原ひとみと綿矢りさ、二人の若い女性が同時に芥川賞を受賞したのは2004年のことでした。もう10年経ったわけですが、このニュースは当時結構大きな話題になりました。
小説の内容もそうですが、やはり世間は二十歳を過ぎたばかりの二人の見た目の違いに大いなる関心を寄せたのだと思います。

清楚でいかにも育ちの良さそうな綿矢りさに対して、金原ひとみの印象はまさしく元ヤン風で、結構色んな経験積んでますけどまぁたいして面白くもないのでこの辺で小説でも書いてみようかな、なんて思っただけっス...みたいな、世間を斜に見た姉貴に見えたのです。

断っておきますが、それは受賞時の印象に限ったことです。私はその後彼女たちの書いた小説を読んでいませんし、書店で手に取ることもありませんでした。
私にとって彼女たちはあまりにも若かったのです。親子ほど年の離れた若き才能を素直に受け入れられなかったのかも知れません。彼女たちも三十歳を過ぎましたので(金原ひとみは二人の娘を持つ母親です)、ようやく読んでみる気になったわけです。
・・・・・・・・・・
いいですね。実にいい。
「デリラ」「ミンク」「デンマ」と読み進むにつれて、何がいいのか分かってきました。
主人公の(神田)憂が交わす会話、会話になってない会話がとても面白い。

ドラマや映画ではすっきりとかみ合う会話が、憂と憂の相手では全くとんちんかんな会話にしかならないのです。笑いますが、きっと現実はそんなものなんですよね。作り物の方がわざとらしくて、実際は行きつ戻りつオタオタしながら誰もが話しているわけです。

憂は元々憂鬱病を患っていて、やっと外出できるようになったばかりなのですが、そのことで会話が成立しない訳ではありません。会話が成立しているふりをしないと世の中ではうまく生きられない、世の中変ですよという警告なのです。

神田憂は、自分のなかに分裂や違和感を抱えて生きています。
今日こそは精神科へ行こうと出かけるのですが、決まって別の所に足が向くのでした。
カイズは、髭を生やしていて禿かけでうだつの上がらない中年です。
ウツイ君は、背が高くて端正な顔立ちだけれど痛い青年です。

物語は7編用意されていますが、登場人物は全てこの3人です。
カイズとウツイ君は、編毎に、役者のようにキャラクターを変えて登場します。
カイズとウツイ君は変な奴です。二人と関わる憂も変になり、現実が遠退きます。

金原ひとみは、現実をより現実的に描くために非現実を選んで書いたと言います。
彼女が伝えたいのは「憂鬱があってこその人間だ」というメッセージであり、普通に生きていることはもはや不可能で、憂鬱を肯定した上でしか語れない、と言うのです。

「何もないのに普通に憂鬱」「ストーリーもドラマも、ヒューマニズムにも依存しない、ただ空っぽな一人の人間」...金原ひとみがこの小説で憂に与えたキャラクターです。

【参 考】7編のタイトルは全てカタカナ3文字になっています。
「デリラ」・・「DERIRA」 憂がアルバイトに採用されたバーの店名。
「ミンク」・・ブランドショップで憂は無性にミンクの毛皮が欲しくなります。
「デンマ」・・秋葉原のラオックスで憂は電気マッサージ器を買います。
「マンボ」・・憂が同乗したタクシーのなかでカイズさんが思わず言った言葉。
「ピアス」・・憂が行きたい精神科が入ったビルにはピアッシングスタジオがありました。
「ゼイリ」・・憂は税理士からの確定申告用の書類の督促に弱り切っています。
「ジビカ」・・蕁麻疹、胃炎に続いて今度は耳鳴りに苦しむ憂です。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


憂鬱たち (文春文庫)

◆金原 ひとみ

1983年東京都生まれ。パリ在住。

文化学院高等課程中退。小学4年生で不登校になり、中学、高校にはほとんど通っていない。小学6年のとき、父親の留学に伴い、1年間サンフランシスコで暮らす。

作品 「蛇にピアス」「アッシュベイビー」「AMEBIC アミービック」「オートフィクション」「ハイドラ」「星へ落ちる」「TRIP TRAP」「マザーズ」など

◇ブログランキング

応援クリックしていただけると励みになります。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『虚談』(京極夏彦)_この現実はすべて虚構だ/書評という名の読書感想文

『虚談』京極 夏彦 角川文庫 2021年10月25日初版 虚談 「 」談 (角川文庫)

記事を読む

『陽だまりの彼女』(越谷オサム)_書評という名の読書感想文

『陽だまりの彼女』越谷 オサム 新潮文庫 2011年6月1日発行 陽だまりの彼女 (新潮文庫)

記事を読む

『うちの父が運転をやめません』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『うちの父が運転をやめません』垣谷 美雨 角川文庫 2023年2月25日初版発行

記事を読む

『スイート・マイホーム』(神津凛子)_書評という名の読書感想文

『スイート・マイホーム』神津 凛子 講談社文庫 2021年6月15日第1刷 スイート・マイホ

記事を読む

『蛇を踏む』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『蛇を踏む』川上 弘美 文芸春秋 1996年9月1日第一刷 蛇を踏む (文春文庫) ミドリ公園に

記事を読む

『夢に抱かれて見る闇は』(岡部えつ)_書評という名の読書感想文

『夢に抱かれて見る闇は』岡部 えつ 角川ホラー文庫 2018年5月25日初版 夢に抱かれて見る

記事を読む

『山中静夫氏の尊厳死』(南木佳士)_書評という名の読書感想文

『山中静夫氏の尊厳死』南木 佳士 文春文庫 2019年7月15日第2刷 山中静夫氏の尊厳死

記事を読む

『断片的なものの社会学』(岸政彦)_書評という名の読書感想文

『断片的なものの社会学』岸 政彦 朝日出版社 2015年6月10日初版 断片的なものの社会学

記事を読む

『マザコン』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『マザコン』角田 光代 集英社文庫 2010年11月25日第一刷 マザコン (集英社文庫) この

記事を読む

『櫛挽道守(くしひきちもり)』(木内昇)_書評という名の読書感想文

『櫛挽道守(くしひきちもり)』木内 昇 集英社文庫 2016年11月25日第一刷 櫛挽道守 (

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『くもをさがす』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『くもをさがす』西 加奈子 河出書房新社 2023年4月30日初版発

『悪口と幸せ』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文

『悪口と幸せ』姫野 カオルコ 光文社 2023年3月30日第1刷発行

『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』(椰月美智子)_書評という名の読書感想文

『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』椰月 美智子 双葉文庫 2

『せんせい。』(重松清)_書評という名の読書感想文

『せんせい。』重松 清 新潮文庫 2023年3月25日13刷

『怪物』(脚本 坂元裕二 監督 是枝裕和 著 佐野晶)_書評という名の読書感想文

『怪物』脚本 坂元裕二 監督 是枝裕和 著 佐野晶 宝島社文庫 20

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑