『ポースケ』(津村記久子)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/10
『ポースケ』(津村記久子), 作家別(た行), 書評(は行), 津村記久子
『ポースケ』津村 記久子 中公文庫 2018年1月25日初版
奈良のカフェ「ハタナカ」でゆるやかに交差する7人の女性の日常。職場の人間関係や、睡眠障害、元彼のストーカー、娘の就活、子供がいない・・・・・・・人生にはままならないことが多いけれど、思わぬところで小さな僥倖に出逢うこともある - 。芥川賞受賞作 『ポトスライムの舟』 5年後の物語。(中公文庫)
私は津村記久子が書くこんな文章が好きなのだ。というか、こんなふうに思う彼女の感性と、その感性を思い通り文章にしてみせる類い稀なる才能に舌を巻く。とりわけ、やや奥手の、こうありたいと願う気持ちは人一倍にあり、しかし相応に捻くれて面倒臭くもあり、時に愛を求めて暴走をも辞さない、そんな女性を描けば当代一の作家だと思っている。
以下は、例文。
国民の幸福度が高いと言われているブータンでも、幸せだけど政治的に合わないと感じる人はいるだろうし、同じく幸福度が高いノルウェーでも、銃乱射事件があったし、ニュージーランドでも地震があったし、日本でもひどい地震があった。あの日から、より会社への適応が悪化してしまったとも言える。佳枝の上役である役員は、間近で仕事をしている佳枝に対しては一言も地震について口にせず、被害の状況が明らかになってすぐの出勤日だった週明けの月曜日にも、佳枝の椅子に座る姿勢が悪い、だから血行が悪くなって冷え、頻繁にトイレに行きたくなるのだ、と謗った。佳枝はわからなくなった。わからなくなった物事を直視することもできなくなり、やがて自分は何がわからないのかもわからなくなるぐらい、わからなくなった。
平和に暮らしている人が、災害に遭う。災害は発生していないけれど、自国の大統領から爆撃される。佳枝自身の話で言うと、災害に遭ってないし爆弾を落とされているわけでもないけれど、近くにいる人間の精神的な餌食にされる。佳枝は、スマートフォンやタブレット端末をみんなが使っていることを、すごく未来っぽいと感じながら、だったらいつ人は、誰かを捕食しなくても生きていけるところまで完成するのだろうともどかしく思い、それが高じて混乱する。(第四章「歩いて二分」より)
亜矢子がその記事と自転車の写真を自分のページに貼り付けたかどうかはもはや確認しなくなっていたのだが、朗報はあった。あるデザイン会社の営業募集で面接を受けに行ったところ、担当者の若い男性が亜矢子のページを確認していて、義仁の自転車の写真に反応を見せたというのだ。
君BMCに乗ってるんだね、いいね、と言われたのだそうだ。同席していた社長が、何それ、と訊くと、面接官は、自転車です、彼女、一日50キロも走るそうですよ、と答えた。社長は、そりゃ体力があるね、と感心していた。亜矢子はすかさず、体力には自信がありますよ、と売り込み、じゃ、また来週来てください、と言われたそうだ。
珍しく、勢い込んで話す亜矢子に対して、へえ、とぼんやりした相槌を打ったところ、それ最終面接なんやって! と亜矢子は続けた。「すごいことなん?」「最終までいったのは初めて」 どこももうそのぐらいの時期なんかもしれんけれども、と亜矢子は用心深く付け加えていたが、先日風呂場で泣いていた時よりは持ち直したような印象を、十喜子は持った。
そこに採用されたら、一日50キロ自転車で走る女という枕を真に受けられて、ボロボロになるまで働かされるのだろうか、という考えが、少しの間十喜子の頭を通り過ぎたが、その会社と亜矢子の間の縁がどのように変化していくにしろ、まずは更に一歩進んだ事実が大事だと思った。そういう一喜一憂を延々と繰り返すことこそが、十喜子にとっては日々を暮らすということだった。
むしろ人生には一喜一憂しかない、と十喜子は感じていた。えらい人は先々のことを見据えてどうのこうの考えられて、八喜三憂とかに調整できるのかもしれないけれども、我々しもじもの者は、一つ一つ通過して、傷付いて、片付けていくしかないのだ。そうする以外できないのだ。(第六章「亜矢子を助けたい」より)
注:題名の「ポースケ」は、人名ではありません。ノルウェーの復活祭のことをいいます。但し、本文にはさほど影響がないように思われます。あまり気にせずに読んでください。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆津村 記久子
1978年大阪府大阪市生まれ。
大谷大学文学部国際文化学科卒業。
作品 「まともな家の子供はいない」「君は永遠にそいつらより若い」「ポトスライムの舟」「ミュージック・ブレス・ユー!! 」「とにかくうちに帰ります」「浮幽霊ブラジル」他多数
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