『空中ブランコ』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『空中ブランコ』(奥田英朗), 作家別(あ行), 奥田英朗, 書評(か行)

『空中ブランコ』奥田 英朗 文芸春秋 2004年4月25日第一刷

『最悪』『邪魔』とクライム・ノベルの傑作の後に奥田英朗が書いたものは、それまでの作風とは全く違う趣きの小説でした。

『空中ブランコ』は先に発表された『イン・ザ・プール』に続いて、精神科医・伊良部一郎が巻き起こす奇想天外なドタバタ劇をコミカルに描いた短編集です。

奥田英朗はこの作品で直木賞を受賞するのですが、守備範囲の広さというか、持ちネタの豊富さというのか、何人もの作家の資質を併せ持っているような人です。

どこかのエッセイの中に「私はウケることが何より好きだ」と書いていますが、その本来の性向が存分に発揮された作品だと思います。

ともかく主人公の伊良部一郎という医者がバカげており、およそ医者らしからぬ人物なのです。体重は100キロを優に超え、色白のアザラシを思わせる風貌、
やたらビタミン注射を打ちたがる、もうじき40になろうかという歳とはおよそかけ離れた子供みたいな男なのです。
そうです、子供といえば最初伊良部は小児科医になるべく研修に励んでいたのです。ところが、患者の子供と真剣に喧嘩してしまうことがクレームになり、
精神科へ転科させられるというエピソードの持ち主でもありました。

そもそも、伊良部はなぜ医者になれたのか?
それは秋篠宮殿下御成婚の特赦ではないか、いや偏に親父の力だと同級生は好き放題に噂します。伊良部は、伊良部総合病院の跡取り息子であり、
父親は日本医師会の有力者なのです。国家試験に通った理由に至っては、フリーメーソンの関与説まで出てくる無茶苦茶さです。
シルクの白衣をあつらえ、野良猫を捕まえてはビタミン注射を打っていた伊良部は、大学時代から話題の宝庫だったのです。
・・・・・・・・・・
それぞれの症状を抱えながら、主人公たちは伊良部総合病院の精神科を訪ねます。
跳べなくなったサーカスの空中ブランコ乗り、尖端恐怖症で刃物が怖いヤクザ、イップスのせいで上手く投げられないプロ野球選手などが治療にやって来るのですが、
妙なハイテンションで伊良部の出迎えを受けた誰もが面食らって、すぐに太い注射を打とうとする妙に色っぽい看護婦に慌てます。
患者の相談を軽い調子で受け流し、あくまで自己中心の伊良部に、最初は唖然としながらも徐々にペースに嵌っていく患者たちが読んでいて滑稽です。

伊良部のペースは終始変わらないどころか、病院を抜け出しては患者のところへ出向き、およそ想像もつかない行動に出ます。
空中ブランコに夢中になり最後にはサーカスショーに特別出演するわ、対立するヤクザと平気に渡り合ったりする始末です。
しかし、およそ治療とは思えないドタバタの果てに、患者たちの症状は不思議と快方に向かい元気を取り戻していくのでした。

ドタバタの顛末を、爆笑とともにお楽しみください。

この本を読んでみてください係数 90/100


◆奥田 英朗

1959年岐阜県岐阜市生まれ。

岐阜県立岐山高等学校卒業。プランナー、コピーライター、構成作家を経て小説家としてデビュー。

作品 「ウランバーナの森」「最悪」「邪魔」「東京物語」「イン・ザ・プール」「町長選挙」「ララピポ」「オリンピックの身代金」「ナオミとカナコ」他多数

◇ブログランキング

応援クリックしていただけると励みになります。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『愛すること、理解すること、愛されること』(李龍徳)_書評という名の読書感想文

『愛すること、理解すること、愛されること』李 龍徳 河出書房新社 2018年8月30日初版 謎の死

記事を読む

『黄色い家』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『黄色い家』川上 未映子 中央公論新社 2023年2月25日初版発行 人はなぜ、金

記事を読む

『くちなし』(彩瀬まる)_愛なんて言葉がなければよかったのに。

『くちなし』彩瀬 まる 文春文庫 2020年4月10日第1刷 別れた男の片腕と暮ら

記事を読む

『沈黙の町で』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『沈黙の町で』奥田 英朗 朝日新聞出版 2013年2月28日第一刷 川崎市の多摩川河川敷で、

記事を読む

『神様の裏の顔』(藤崎翔)_書評という名の読書感想文

『神様の裏の顔』藤崎 翔 角川文庫 2016年8月25日初版 神様のような清廉潔白な教師、坪井誠造

記事を読む

『アルマジロの手/宇能鴻一郎傑作短編集』(宇能鴻一郎)_書評という名の読書感想文

『アルマジロの手/宇能鴻一郎傑作短編集』宇能 鴻一郎 新潮文庫 2024年1月1日 発行 た

記事を読む

『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』 白石 一文 講談社 2009年1月26日第一刷 どちらかと

記事を読む

『鼻に挟み撃ち』(いとうせいこう)_書評という名の読書感想文

『鼻に挟み撃ち』いとう せいこう 集英社文庫 2017年11月25日第一刷 御茶ノ水、聖橋のたもと

記事を読む

『十二人の死にたい子どもたち』(冲方丁)_書評という名の読書感想文

『十二人の死にたい子どもたち』冲方 丁 文春文庫 2018年10月10日第一刷 廃病院に集結した子

記事を読む

『改良』(遠野遥)_書評という名の読書感想文

『改良』遠野 遥 河出文庫 2022年1月20日初版発行 これが、芥川賞作家・遠野

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『マッチング』(内田英治)_書評という名の読書感想文

『マッチング』内田 英治 角川ホラー文庫 2024年2月20日 3版

『僕の神様』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『僕の神様』芦沢 央 角川文庫 2024年2月25日 初版発行

『存在のすべてを』(塩田武士)_書評という名の読書感想文

『存在のすべてを』塩田 武士 朝日新聞出版 2024年2月15日第5

『我が産声を聞きに』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『我が産声を聞きに』白石 一文 講談社文庫 2024年2月15日 第

『朱色の化身』(塩田武士)_書評という名の読書感想文

『朱色の化身』塩田 武士 講談社文庫 2024年2月15日第1刷発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑