『二人道成寺』(近藤史恵)_書評という名の読書感想文

『二人道成寺』近藤 史恵 角川文庫 2018年1月25日初版


二人道成寺 (角川文庫)

恋路の闇に迷うた我が身、道も法も聞く耳持たぬ。もうこの上は俊徳様、何れへなりとも連れのいて、恋の一念通さでおこうか。邪魔しやったら蹴殺す。 - 摂州合邦辻 -

夫以外に、恋い焦がれる人がいる。梨園の御曹司、岩井芙蓉に嫁ぎ、充実した日々を送っていたはずの美咲。ある晩、美咲は自宅の不審火が原因で昏睡状態に陥ってしまう。芙蓉と人気実力ともに伯仲する女形の中村国蔵は、探偵の今泉文吾に火事の再調査を依頼する。国蔵は美咲から「夫に殺されるかも」との電話を受けたというのだ。眠り続ける美咲が恋した人は誰なのか - 。 火事の真相は? 名探偵、今泉文吾が解き明かす! (角川文庫)

歌舞伎の世界の話である。二人いる「女形」の話で、(梨園特有の芸名と本名があり)最初、誰が誰だかよくわかりません。「男」か「女」か、迷ったりもする。かもしれません。

「実はね、秀人ちゃん。上から話してくれと言われたんだが、道成寺を踊ってみないかという話がきているんだよ」

娘道成寺は、女形の舞踊の最高峰だ。安珍清姫の伝説を元に、可憐な娘から、恋に嘆く女まで、女のいろんな姿を、華やかな引き抜きや、いろんな道具を使った振りで見せる。

「普通の道成寺ではない。二人道成寺だよ」
二人道成寺は、道成寺のバリエーションで、その名の通り、道成寺をふたりで踊るものだ。パートを分けたり、また同じ振りを左右対称に踊ったり、ふたりの女形の華やかな競演を楽しむ演目である。

岩井芙蓉に対し、師匠が言ったもう一人が、中村国蔵。二人は同年代の女形役者で、可憐な少女や姫君の役を得意とする芙蓉に対し、国蔵は粋な芸者などの役がよく似合う、人気実力ともに伯仲する者同士の競演 - と思いきや、

物語の核心は、そこへ至るまでの「過程」にこそ仕組まれています。すべては芙蓉の妻・美咲に端を発し、それはあまたある歌舞伎の演目に似て、教訓くささなどわずかもなく、禍々しいのにきらびやかで、そして官能的。情念に充ち、果てを知りません。

恒とは違う世界の空気を味わってみてください。歌舞伎に興味がなくとも、何も知らなくても大丈夫。ここにあるのは、梨園の中でこそ際立つものの、恒の世にも起こり得る、そうある者に限られた、叶うすべのない愛憎劇なのですから。

 

この本を読んでみてください係数  80/100


二人道成寺 (角川文庫)

◆近藤 史恵
1969年大阪府生まれ。
大阪芸術大学文芸学科卒業。

作品 「凍える島」「サクリファイス」「カナリアは眠れない」「ねむりねずみ」「はぶらし」「巴之丞鹿の子」「天使はモップを持って」他多数

関連記事

『茄子の輝き』(滝口悠生)_書評という名の読書感想文

『茄子の輝き』滝口 悠生 新潮社 2017年6月30日発行 茄子の輝き 離婚と大地震。倒産と転職。

記事を読む

『ナオミとカナコ』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『ナオミとカナコ』奥田 英朗 幻冬舎文庫 2017年4月15日初版 ナオミとカナコ (幻冬舎文

記事を読む

『ホテル・ピーベリー 〈新装版〉』(近藤史恵)_書評という名の読書感想文

『ホテル・ピーベリー 〈新装版〉』近藤 史恵 双葉文庫 2022年5月15日第1刷

記事を読む

『月と雷』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『月と雷』角田 光代 中央公論新社 2012年7月10日初版 月と雷 (中公文庫) &n

記事を読む

『罪の名前』(木原音瀬)_書評という名の読書感想文

『罪の名前』木原 音瀬 講談社文庫 2020年9月15日第1刷 罪の名前 (講談社文庫)

記事を読む

『アカガミ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『アカガミ』窪 美澄 河出文庫 2018年10月20日初版 アカガミ (河出文庫) 渋谷で出

記事を読む

『猫鳴り』沼田まほかる_書評という名の読書感想文

『猫鳴り』 沼田 まほかる 双葉文庫 2010年9月19日第一刷 猫鳴り (双葉文庫)

記事を読む

『サクリファイス』(近藤史恵)_書評という名の読書感想文

『サクリファイス』近藤 史恵 新潮文庫 2010年2月1日発行 サクリファイス (新潮文庫)

記事を読む

『夏目家順路』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『夏目家順路』朝倉 かすみ 文春文庫 2013年4月10日第一刷 夏目家順路  

記事を読む

『落英』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『落英』黒川 博行 幻冬舎 2013年3月20日第一刷 落英   大阪府警薬

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『メタボラ』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『メタボラ』桐野 夏生 文春文庫 2023年3月10日新装版第1刷

『遠巷説百物語』(京極夏彦)_書評という名の読書感想文

『遠巷説百物語』京極 夏彦 角川文庫 2023年2月25日初版発行

『最後の記憶 〈新装版〉』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『最後の記憶 〈新装版〉』望月 諒子 徳間文庫 2023年2月15日

『しろがねの葉』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『しろがねの葉』千早 茜 新潮社 2023年1月25日3刷

『今夜は眠れない』(宮部みゆき)_書評という名の読書感想文

『今夜は眠れない』宮部 みゆき 角川文庫 2022年10月30日57

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑