『たった、それだけ』(宮下奈都)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/10 『たった、それだけ』(宮下奈都), 作家別(ま行), 宮下奈都, 書評(た行)

『たった、それだけ』宮下 奈都 双葉文庫 2017年1月15日第一刷

逃げ切って」。贈賄の罪が発覚する前に、望月正幸を浮気相手の女性社員が逃す。告発するのは自分だというのに - 。正幸が失踪して、残された妻、ひとり娘、姉にたちまち試練の奔流が押し寄せる。正幸はどういう人間だったのか。私は何ができたか・・・・・・・。それぞれの視点で語られる彼女たちの内省と一歩前に踏み出そうとする “変化”。本屋大賞受賞作家が、人の心が織りなす人生の機微や不確かさを、精緻にすくいあげる。正幸のその後とともに、予想外の展開が待つ連作形式の感動作。(双葉文庫)

この物語は一人の男性、望月正幸に端を発し、望月の愛人や妻、姉などに焦点を当て、さらに、彼を囲む幾人もの人物の人生と共に綴られてゆきます。

それは、望月が贈賄に加担していることが発覚する直前のことでした。とある会社の海外営業部長である望月は、その日、突然に姿を消します。密告したのは望月の愛人・夏目で、彼女は 「告発」 の後、望月に 「逃げて」と言います。

夏目にはそうするだけの、確かな理由があります。

正しいかどうかで言うなら、たぶん、間違っている。でも、あの人は逃げなければならなかった。それだけははっきりしている。もしも逃げずにここに留まったなら、近い将来、身動きが取れなくなって、結局最後には息ができなくなっていっただろう。

それだけじゃない。望月さんを追い詰めるものを断ち切りたかった。望月さんのためだけじゃなく、たぶん、私のために。そしてこれからも生きていく人たちのために。(P31)

第二話では、望月の妻・可南子(32歳)の、第三話では、望月の姉・有希子の “内省”  へと続き、

物語が大きく動き出すのは第四話からだ。第四話の視点人物は小学校の教師。第五話は女子高生。第六話は介護施設で働く青年。それぞれがどう望月と関係しているかは敢えて書かないでおくが、第四話と第五話に登場するのが誰かというのがわかったときには、かなり驚いた。ちょっと予想しなかった流れだったからだ。だが、この二つの話こそが鍵なのである。

小学校の教師は、辛い過去から逃げてきた経験を持つ。そんな彼が、担任クラスの転校生が置かれている状況に心を痛める。また第五話は、閉塞感に喘ぎながらも逃げ出せないでいる女子高生だ。ここまで読んで、私は、物語を貫く声が聞こえた気がした。(P208.209 解説/大矢博子氏)

※読み出したときのイメージが、徐々に別の色へと変化を遂げます。なら最初からそういうつもりで読んだのにと、少々もったいなくも感じます。たったそれだけの 「たった」 とは、果たして何のことなのか。思うに、これは予想外にヒューマンな物語です。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆宮下 奈都
1967年福井県生まれ。
上智大学文学部哲学科卒業。

作品 「静かな雨」「スコーレNO.4」「田舎の紳士服店のモデルの妻」「誰かが足りない」「ふたつのしるし」「太陽のパスタ、豆のスープ」「羊と鋼の森」他多数

関連記事

『角の生えた帽子』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『角の生えた帽子』宇佐美 まこと 角川ホラー文庫 2020年11月25日初版 何度

記事を読む

『ただしくないひと、桜井さん』(滝田愛美)_書評という名の読書感想文

『ただしくないひと、桜井さん』滝田 愛美 新潮文庫 2020年5月1日発行 滝田さ

記事を読む

『逃亡作法 TURD ON THE RUN(上・下)』(東山彰良)_書評という名の読書感想文

『逃亡作法 TURD ON THE RUN』(上・下)東山 彰良 宝島社文庫 2009年9月19日第

記事を読む

『谷崎潤一郎犯罪小説集』(谷崎潤一郎)_書評という名の読書感想文

『谷崎潤一郎犯罪小説集』谷崎 潤一郎 集英社文庫 2007年12月20日第一刷 表紙には、艶

記事を読む

『まつらひ』(村山由佳)_書評という名の読書感想文

『まつらひ』村山 由佳 文春文庫 2022年2月10日第1刷 神々を祭らふこの夜、

記事を読む

『静かに、ねぇ、静かに』(本谷有希子)_書評という名の読書感想文

『静かに、ねぇ、静かに』本谷 有希子 講談社 2018年8月21日第一刷 芥川賞受賞から2年、本谷

記事を読む

『ツタよ、ツタ』(大島真寿美)_書評という名の読書感想文

『ツタよ、ツタ』大島 真寿美 小学館文庫 2019年12月11日初版 (注) 小説で

記事を読む

『高校入試』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『高校入試』湊 かなえ 角川文庫 2016年3月10日初版 県下有数の公立進学校・橘第一高校の

記事を読む

『対岸の彼女』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『対岸の彼女』角田 光代 文春文庫 2007年10月10日第一刷 専業主婦の小夜子は、ベンチャ

記事を読む

『奴隷商人サラサ/生き人形が見た夢』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『奴隷商人サラサ/生き人形が見た夢』大石 圭 光文社文庫 2019年2月20日初版

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『マッチング』(内田英治)_書評という名の読書感想文

『マッチング』内田 英治 角川ホラー文庫 2024年2月20日 3版

『僕の神様』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『僕の神様』芦沢 央 角川文庫 2024年2月25日 初版発行

『存在のすべてを』(塩田武士)_書評という名の読書感想文

『存在のすべてを』塩田 武士 朝日新聞出版 2024年2月15日第5

『我が産声を聞きに』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『我が産声を聞きに』白石 一文 講談社文庫 2024年2月15日 第

『朱色の化身』(塩田武士)_書評という名の読書感想文

『朱色の化身』塩田 武士 講談社文庫 2024年2月15日第1刷発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑