『あこがれ』(川上未映子)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2020/09/17
『あこがれ』(川上未映子), 作家別(か行), 川上未映子, 書評(あ行)
『あこがれ』川上 未映子 新潮文庫 2018年7月1日発行
第1回 渡辺淳一文学賞受賞作品
まずは文庫の裏表紙にある解説を。
おかっぱ頭のやんちゃ娘ヘガティーと、絵が得意でやせっぽちの麦くん。クラスの人気者ではないけれど、悩みも寂しさもふたりで分けあうとなぜか笑顔に変わる、彼らは最強の友だちコンビだ。麦くんをくぎ付けにした、大きな目に水色のまぶたのサンドイッチ売り場の女の人や、ヘガティーが偶然知ったもうひとりのきょうだい・・・・・・・。互いのあこがれを支えあい、大人への扉をさがす物語の幕が開く。
次に、単行本(が出たとき)の解説はこうです。(新潮社webサイトから)
麦彦とヘガティー、思春期直前の二人が、脆くはかない殻のようなイノセンスを抱えて全力で走り抜ける。この不条理に満ちた世界を --。サンドイッチ売り場の奇妙な女性、まだ見ぬ家族・・・・・・・さまざまな〈あこがれ〉の対象を持ちながら必死で生きる少年少女のぎりぎりのユートピアを繊細かつ強靭無比な筆力で描き尽す感動作。
文庫と比べ、単行本の方がえらく難しく書いてあります。それはともかく、二つを並べて読むと、おおよそこの小説のイメージが湧いてくる、そんな気がして載せてみました。
第一章 ミス・アイスサンドイッチ
第二章 苺ジャムから苺をひけば
物語は、少年の視点で描かれる第一章と、少女の視点で描かれる第二章とに分かれています。少年の名前は、麦彦(通称麦くん)。少女の名前が、ヘガティー(たまたまおならをしたら紅茶のにおいがしたことから麦彦が少女につけたあだ名。彼女は生まれながらの日本人です)
麦彦とヘガティーは同じ小学校に通う同級生。互いの家は、歩いて5分くらいのところにあります。麦彦の家は、母一人子一人の母子家庭。それに対しヘガティーの家は、父一人子一人の父子家庭です。
麦彦の母は占い師。ヘガティーの父は映画評論家をしています。ある時期から麦彦は毎週のようにヘガティーの家へ行き、ヘガティーの父と三人で映画を観るようになります。それがきっかけで、二人は「他では言えないこと」を話すようになります。
最初(第一章)は、二人が4年生のとき。駅前にひとつきりあるスーパーで、ある日麦彦は、とても気になる女性を見つけます。
ミス・アイスサンドイッチはひとつしかない入口からみて何台かならんだレジの左のちょっと奥にある、まるくて大きなガラスケースのむこうでいつも驚いたのとつまらないのをまぜたみたいな顔をして立っていて、お客さんにサンドイッチとかサラダとか、パンとかハムとかそういうのを売っている。(P11)
ミス・アイスサンドイッチというのは、もちろん麦彦がつけた名前で、それはミス・アイスサンドイッチをみた瞬間にぱっと決まったのでした。麦彦は、ミス・アイスサンドイッチを見るためだけに、スーパーへ通うようになります。麦彦にとっては誰よりも魅力的で気になる存在のミス・アイスサンドイッチではあったのですが、クラスの女子は彼女のことを悪く言います。
次(第二章)は、二人が6年生になったとき。ヘガティーにとり、それはまさに青天の霹靂といえる出来事でした。彼女は、何も知らされてはいません。ある時偶然に、彼女には顔も名前も、その存在さえも知らない “お姉さん” がいたとわかります。
ヘガティーは混乱し、いつものように上手く考えられなくなります。家を出るしかないと、思い詰めるようになります。
「麦くんからみたら、これまでと変わりなく、お父さんはわたしのお父さんにみえるだろうけど、お父さんはもう、ちがっちゃったんだよ。お父さんはもう、肝心なところが、わたしのお父さんではなくなったの」(P201)
母が違う “お姉さん” がいると知り、その日からヘガティーは、お父さんを見る目が変ります。これまでようにお父さんとは暮らせない、一緒に住むのが無理に思えてきます。
※「脆くはかない」はいいにして、どうも「殻のようなイノセンス」の「殻」がよくわかりません。(ちなみに、イノセンスは無実、無罪、天真爛漫、無邪気、などという意)
いずれにしても、少年少女が抱く〈あこがれ〉 は、大人になって抱くそれとは違うということ。同じ “あこがれ” でもまるで別ものであるということに、今更ながらに気付くことになります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆川上 未映子
1976年大阪府大阪市生まれ。
日本大学通信教育部文理学部哲学科在学中。
作品 「わたくし率 イン 歯-、または世界」「ヘヴン」「乳と卵」「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」「すべて真夜中の恋人たち」「安心毛布」他
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