『また、同じ夢を見ていた』(住野よる)_書評という名の読書感想文

『また、同じ夢を見ていた』住野 よる 双葉文庫 2018年7月15日第一刷


また、同じ夢を見ていた (双葉文庫)

きっと誰にでも 「やり直したい」 ことがある。学校に友達がいない  “私”  が出会ったのは手首に傷がある  “南さん”  とても格好いい  “アバズレさん”  一人暮らしの  “おばあちゃん”  そして、尻尾の短い  “彼女”  だった - 。彼女たちの  “幸せ”  は、どこにあるのか。”今”  がうまくいかない全ての人たちに贈る物語。(「BOOK」 データベースより)

しっあわっせはー、 あーるいーてこーない、 だーかーらあるいーていくんだねー

彼女が黙り込んでいると、一番をきちんと歌いきったアバズレさんは突然、こんなことを言い出しました。

「幸せとは何か」
「考えたんだ。お嬢ちゃんの話を聞いてから、ずっと」
「今日、その答えが分かった」

「これは私の答えだ。だから、お嬢ちゃんの考えとは違うと思う。だけど、もしかしたら、何かのヒントになるかもしれないから、お嬢ちゃんに話しとこうと思うんだ」

「幸せとは、誰かのことを真剣に考えられるということだ」

「今日、買い物をしてた。明日の朝ご飯を買ったり、飲み物を買ったり、切れていたシャンプーを買ったり。それは、毎日続く日常で、特別でもなんでもない出来事だ。パンを買って、牛乳を買って、リンスを買って、もう買い忘れたものはないかな、そう思った時に、そういえば今日、お嬢ちゃんは来るかな、来た時のためにおやつを買っておこう、この前は何を一緒に食べたっけ、今度は何を一緒に食べよう、お嬢ちゃんが来て、喜んでくれればいいな。気がついたら、私はお嬢ちゃんのことをずっと考えてた」

「気がついて、驚いた。もう、ずっと、誰かのことを真剣に考えたことなんてなかった。諦めてたんだなぁ、私は。ずっと、なかったから分かった。人は、誰かのことを真剣に考えると、こんなにも心が満たされるんだって」

「私はね、お嬢ちゃん。嫌なことも、苦しいことも、諦めてしまう大人になっちゃったんだ。前は誤魔化してしまったけど、私は、幸せじゃなかった。幸せの形がどんななのかも、もう忘れちゃってたからだ。だけどね、私は、今日やっと思い出した。幸せの形を」

彼女が “アバズレさん” と呼び、アパートに足繁く通う正体不明の人物は、彼女のことを “お嬢ちゃん” と呼びます。そう言えば、彼女が出会う  “南さん”  や  “おばあちゃん”  も彼女のことは  “お嬢ちゃん”  と呼びます。

“お嬢ちゃん”  は、小柳奈ノ花といいます。

“アバズレさん” も “南さん” も “おばあちゃん” も、実は、そのおませな女の子が  “奈ノ花”  だというのを知っていながら知らないふりをしています。知っているのに隠したままで、 “お嬢ちゃん”  と呼んでいます。

物語の後半、ある時、初めて彼女は (三人に) 自分の名前を呼ばれ、とても驚いてしまいます。奈ノ花は出会って今まで、自分の名前を名乗ったことがありません。なのに  “奈ノ花”  と呼ばれ、なぜ自分の名前を知っているのだろうと不思議に感じます。

また、同じ夢を見ていた - のは誰なのでしょう?

まだ小学生の奈ノ花にはうかがい知れないことですが、”アバズレさん”  にも  “南さん”  にも  “おばあちゃん”  にも、それぞれの人生において 「やり直したい」 と思うことが山ほどあります。

しかし、多くは語られません。奈ノ花と同様、読み手である我々もそれは薄々想像するほかありません。なぜなら、それが伝えようとすることの一番ではないからです。それは生きている限り当然誰もが経験する、それぞれの、逃れられない 「試練」 だからです。

この物語が言わんとするのは、後悔し切れないような過去の出来事から目を背けずに、そこから逃れようとせず、今ある「幸せ」を確かに掴み取ることこそが大事なんだということ。三人に出会い、奈ノ花はそれを学び取ってゆきます。

 

この本を読んでみてください係数 80/100


また、同じ夢を見ていた (双葉文庫)

◆住野 よる
1990年生まれの28歳(らしい)。大阪府在住。男性。

作品 「青くて痛くて脆い」「よるのばけもの」「か「」く「」し「」ご「」と「」「君の膵臓をたべたい」など

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