『送り火』(高橋弘希)_書評という名の読書感想文

『送り火』高橋 弘希 文藝春秋 2018年7月25日第一刷


送り火

春休み、東京から山間の町に引っ越した中学3年生の少年・歩。新しい中学校は、クラスの人数も少なく、来年には統合されてしまうのだ。クラスの中心にいる晃は、花札を使って物事を決め、いつも負けてコーラを買ってくるのは稔の役割だ。転校を繰り返した歩は、この土地でも、場所に馴染み、学級に溶け込み、小さな集団に属することができた、と信じていた。

夏休み、歩は家族でねぶた祭りを見に行った。晃からは、河へ火を流す地元の習わしにも誘われる。「河へ火を流す、急流の中を、集落の若衆が三艘の葦船を引いていく。葦船の帆柱には、火が灯されている」   しかし、晃との約束の場所にいたのは、数人のクラスメートと、見知らぬ作業服の男だった。やがて始まる、上級生からの伝統といういじめの遊戯。

歩にはもう、目の前の光景が暴力にも見えない。黄色い眩暈の中で、ただよく分からない人間たちが蠢き、よく分からない遊戯に熱狂し、辺りが血液で汚れていく。豊かな自然の中で、すくすくと成長していくはずだった少年たちは、暴力の果てに何を見たのか - (文藝春秋BOOKS 「特設サイト」 からの抜粋)

第159回 芥川賞受賞作

『指の骨』(新潮文庫 2017.8.1発行)を読んで、ちょうど1年になります。あの時は本当に驚きました。

まさか30歳の半ばにもなっていなかったであろう若者が、何があって「太平洋戦争のさなか、南方戦線で負傷した一等兵」の話なんかを書いたのか。書くことができたのだろうかと。内容もさることながら、その理由が知りたいと思いました。

『送り火』を読んでわかったことがあります。『指の骨』という小説は(一から十まで)戦争の話ではありますが、あながち彼はそれが書きたいわけではなかったのだろうと。書きたいことは別にあり、拘ったのは、「暴力」に纏わる “狂気” ではなかったのかと。

この小説(『送り火』)では、多くのページが、東北の過疎地にある廃校間近の中学校の、6人しかいない3年生男子の、常にリーダー的存在である晃という少年の、

(晃に対し) ほとんど無抵抗なまでに従順な稔という少年に向けた、一方的な「確執」が描き出されています。

東京からの転校生・歩は、ほどなくして5人の仲間となります。それぞれの個性を見極めながら、特に晃と稔には目を配りつつ、適度な距離を置き、しかしそれには気付かれぬようふるまいながら、徐々に親しくなっていきます。

歩にすればそれは案外たやすいことで、繰り返ししてきた(転校の)経験上、それはそうあるものとして、相応に “自信” があり、”確信” していたことでもありました。

少なくとも、歩はそう思いつつ5人の仲間と付き合いをしていました。ところが、歩だけがそう思っていただけで、実はそうではなかったことがわかってきます。

津軽の僻地の極端に生徒数の少ない中学校にいて、歩は、したことのない “遊び” を経験します。遊びというよりそれはもはや “いじめ” で、あるようでないルール、仕切り役は常に晃で、負けるのは決まって稔でした。負けても稔は何ひとつ文句を言いません。

まるで負けるのが自分の役割だとでも言うように、甘んじて受け入れ、人数分のコーラを買いに行かされ、鉄鋼で頭を割られ、頸を絞められて死にそうになっても、稔は晃を責めません。晃の思惑を知ってか知らでか、それでも稔は晃から離れようとはしません。

およそ無抵抗な稔に、晃は、見境のない “罰” を与えます。往々にしてそれは理不尽な “暴力” なのですが、仲間は誰もそれを止めようとはしません。歩は、秘かに自分が難を逃れたことに安堵しつつ、(仲間と同様) ただされるがままの稔を見つめています。

自分はまた転校し、やがて他所へ行く - そんな思いでいる歩は、やがてそれを見透かされ、”狂気” の場面に晒されることになります。

 

この本を読んでみてください係数  85/100


送り火

◆高橋 弘希
1979年青森県十和田市生まれ。
文教大学文学部卒業。

作品 「指の骨」「朝顔の日」「スイミングスクール」「日曜日の人々」など

関連記事

『噂の女』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『噂の女』奥田 英朗 新潮文庫 2015年6月1日発行 噂の女 (新潮文庫)  

記事を読む

『ポースケ』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『ポースケ』津村 記久子 中公文庫 2018年1月25日初版 ポースケ (中公文庫) 奈良の

記事を読む

『私のことならほっといて』(田中兆子)_書評という名の読書感想文

『私のことならほっといて』田中 兆子 新潮社 2019年6月20日発行 私のことならほっとい

記事を読む

『諦めない女』(桂望実)_書評という名の読書感想文

『諦めない女』桂 望実 光文社文庫 2020年10月20日初版 諦めない女 (光文社文庫)

記事を読む

『あおい』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『あおい』西 加奈子 小学館文庫 2007年6月11日初版 あおい (小学館文庫) &n

記事を読む

『命売ります』(三島由紀夫)_書評という名の読書感想文

『命売ります』三島 由紀夫 ちくま文庫 1998年2月24日第一刷 命売ります (ちくま文庫)

記事を読む

『EPITAPH東京』(恩田陸)_書評という名の読書感想文

『EPITAPH東京』恩田 陸 朝日文庫 2018年4月30日第一刷 EPITAPH東京 (朝

記事を読む

『地を這う虫』(高村薫)_書評という名の読書感想文

『地を這う虫』高村 薫 文春文庫 1999年5月10日第一刷 地を這う虫 (文春文庫)

記事を読む

『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』(江國香織)_書評という名の読書感想文

『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』江國 香織 集英社 2002年3月10日第一刷 泳ぐの

記事を読む

『I’m sorry,mama.』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『I'm sorry,mama.』桐野 夏生 集英社 2004年11月30日第一刷 I’m s

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。

『カゲロボ』(木皿泉)_書評という名の読書感想文

『カゲロボ』木皿 泉 新潮文庫 2022年6月1日発行

『あたしたち、海へ』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『あたしたち、海へ』井上 荒野 新潮文庫 2022年6月1日発行

『白昼夢の森の少女』(恒川光太郎)_書評という名の読書感想文

『白昼夢の森の少女』恒川 光太郎 角川ホラー文庫 2022年5月25

『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』(李龍徳)_書評という名の読書感想文

『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』李 龍徳 河出書房 2022年3月

『JK』(松岡圭祐)_書評という名の読書感想文

『JK』松岡 圭祐 角川文庫 2022年5月25日初版

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑