『闘う君の唄を』(中山七里)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/10 『闘う君の唄を』(中山七里), 中山七里, 作家別(な行), 書評(た行)

『闘う君の唄を』中山 七里 朝日文庫 2018年8月30日第一刷

新任の教諭として、埼玉県秩父郡の神室幼稚園に赴任した喜多嶋凛。三歳児クラスを担任することになり理想に燃えていたが、彼女の前に立ちはだかったのは 〈保護者会〉 という名のモンスターペアレンツたちだった。保護者たちの理不尽な要求に呆れる凛。けれど園長は、凛が驚くほどあっさりと保護者の言いなりになる。そこにはこの幼稚園の 〈保護者会には逆らえない理由〉 があったのだ・・・・・・・。(物語の導入部/解説より)

“中島みゆきの楽曲からインスパイアされたミステリは、前半と後半で印象が大きく異なるグリコアーモンドキャラメル。最大の謎は、前半に。” - という、@sakura honno64さんの言う通り。

知らない方のために(というか、書きたいだけなのですが)、タイトルや章毎に付けられたフレーズが出て来る 『ファイト! 』 の歌詞の一部を紹介しましょう。

あたし中卒やからね 仕事を もらわれへんのやと書いた
女の子の手紙の 文字はとがりながら震えている

ガキのくせにと 頬を打たれ 少年たちの眼が年をとる
悔しさを握りしめすぎた 拳の中 爪が突き刺さる

私、本当は 目撃したんです 昨日電車の駅 階段で
転がり落ちた子供と つきとばした女の うすわらい

私、驚いてしまって 助けもせず 叫びもしなかった
ただ怖くて 逃げました 私の敵は私です

ファイト!   闘う君の唄を 闘わない奴等が笑うだろう
ファイト!   冷たい水の中を ふるえながらのぼってゆけ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
勝つか負けるか それはわからない それでもとにかく 闘いの
出場通知を抱きしめて あいつは海になりました ファイト!  ・・・・・・・

第一章 闘いの出場通知を抱きしめて
第二章 こぶしの中 爪が突き刺さる
第三章 勝つか負けるか それはわからない
第四章 私の敵は私です
第五章 冷たい水の中をふるえながらのぼってゆけ

第三章までのほぼ99%がフリ。田舎の幼稚園に赴任して来た若き女性の新米教諭が、並み居るモンスターペアレンツをものともせず、物議を醸すも厭わず、一心に園児と向き合い、同僚はもとより強く反発する保護者会の面々からも一目置かれるようになる -

ここだけ読むとまさに中島みゆきの楽曲 『ファイト! 』  の通り、未熟な自分でありながら、何も出来ない自分でありながら、もがいて、もがき苦しんで、ようやく (教育者としての) 一歩が踏み出せた、みたいな、かつての 「青春学園ドラマ」 の女版のような、およそ中山七里らしくない (つまりはミステリーとは思えないような) 話が続きます。

いつしか私はこれが中山七里が書いたミステリーとは思わずに読んでいました。できれば、お決まりの 〈どんでん返し〉 も起こらずに、”気持ちいいまま” 終わってほしいとすら思っていました。

ところが、第四章で、その願いは儚くも叶わなくなります。ここでは書かずにおきますが、あなたは二度、驚くことになります。そして、この唄に秘められた思いが、殊更に、大きく深いものであるのを知ることになります。

※この曲を聴いたことがない方は、ユーチューブで簡単に聴くことができます。たくさんのミュージシャンがカバーしていますが、私のおススメは竹原ピストル。圧倒的な熱量で歌う彼の 『ファイト! 』 を、ぜひ一度聴いてみてください。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆中山 七里
1961年岐阜県生まれ。
花園大学文学部国文科卒業。

作品 「切り裂きジャックの告白」「贖罪の奏鳴曲」「追憶の夜想曲」「七色の毒」「さよならドビュッシー」「ヒポクラテスの誓い」「連続殺人鬼カエル男」他多数

関連記事

『どこから行っても遠い町』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『どこから行っても遠い町』川上 弘美 新潮文庫 2013年9月1日発行 久しぶりに川上弘美の

記事を読む

『夢魔去りぬ』(西村賢太)_書評という名の読書感想文

『夢魔去りぬ』西村 賢太 講談社文庫 2018年1月16日第一刷 三十余年ぶりに生育の町を訪れた

記事を読む

『ただしくないひと、桜井さん』(滝田愛美)_書評という名の読書感想文

『ただしくないひと、桜井さん』滝田 愛美 新潮文庫 2020年5月1日発行 滝田さ

記事を読む

『天頂より少し下って』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『天頂より少し下って』川上 弘美 小学館文庫 2014年7月13日初版 『天頂より少し下って

記事を読む

『帝都地下迷宮』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『帝都地下迷宮』中山 七里 PHP文芸文庫 2022年8月17日第1版第1刷 現代

記事を読む

『ネメシスの使者』(中山七里)_テミスの剣。ネメシスの使者

『ネメシスの使者』中山 七里 文春文庫 2020年2月10日第1刷 物語は、猛暑日が

記事を読む

『悪徳の輪舞曲(ロンド)』(中山七里)_シリーズ最高傑作を見逃すな!

『悪徳の輪舞曲(ロンド)』中山 七里 講談社文庫 2019年11月14日第1刷 報

記事を読む

『ヒポクラテスの誓い』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『ヒポクラテスの誓い』中山 七里 祥伝社文庫 2016年6月20日初版第一刷 浦和医大・法医学教室

記事を読む

『ちょっと今から人生かえてくる』(北川恵海)_書評という名の読書感想文

『ちょっと今から人生かえてくる』北川 恵海 メディアワークス文庫 2019年7月25日初版

記事を読む

『てらさふ』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『てらさふ』朝倉 かすみ 文春文庫 2016年8月10日第一刷 北海道のある町で運命的に出会っ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

『羊は安らかに草を食み』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『羊は安らかに草を食み』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2024年3月2

『逆転美人』(藤崎翔)_書評という名の読書感想文

『逆転美人』藤崎 翔 双葉文庫 2024年2月13日第15刷 発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑