『彼女は頭が悪いから』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文

『彼女は頭が悪いから』姫野 カオルコ 文藝春秋 2018年7月20日第一刷

(読んだ私が言うのも何なのですが) あなたは、はたしてこの物語を最後まで読み切ることができるでしょうか。読み終えて、そのときあなたは平常心でいられるのでしょうか。

私は東大生の将来をダメにした勘違い女なの?
深夜のマンションで起こった東大生5人による強制わいせつ事件。非難されたのはなぜか被害者の女子大生だった。

横浜市郊外のごく普通の家庭で育った神立美咲は女子大に進学する。渋谷区広尾の申し分のない環境で育った竹内つばさは、東京大学理科1類に進学した。横浜のオクフェスの夜、ふたりが出会い、ひと目で恋に落ちたはずだった。しかし、人々の妬み、劣等感、格差意識が交錯し、東大生5人によるおぞましい事件につながってゆく。
被害者の美咲がなぜ、「前途ある東大生より、バカ大学のおまえが逮捕されたほうが日本に有益」 「この女、被害者じゃなくて、自称被害者です。尻軽の勘違い女です」 とまで、ネットで叩かれなければならなかったのか。「わいせつ事件」の背景に隠された、学歴格差、スクールカースト、男女のコンプレックス、理系VS文系.....。内なる日本人の差別意識をえぐり、とことん切なくて胸が苦しくなる 「事実を越えた真実」。

すべての東大関係者と、東大生や東大OBOGによって嫌な思いをした人々に。娘や息子を悲惨な事件から守りたいすべての保護者に。スクールカーストに苦しんだことがある人に。恋人ができなくて悩む女性と男性に。この作品は彼女と彼らの物語であると同時に、私たちの物語です。(文藝春秋BOOKSより/一部割愛)

いわれのない誹謗や中傷に対する苛立ちや憤りに言葉を失くし、眩暈がするかもしれません。己の非力さに脱力し、声が出なくなります。そこまでではないにしろ、何がしか自分にも覚えがあり、うまく呼吸ができなくなります。

いやらしい犯罪が報じられると、人はいやらしく知りたがる。
被害者はどんないやらしいことをされたのだろう、されたことを知りたい、と。
報道とか、批判とか、世に問うとか、そういう名分を得て、無慈悲な好奇を満たす番組や記事がプロダクトされる。
なれば、ともに加害者と同じである。
2016年春に豊島区巣鴨で、東京大学の男子学生が5人、逮捕された。5人で1人の女子大学生を輪姦した・・・・・・・ように伝わった。好奇をぐらぐら沸騰させた世人が大勢いた。

これからこのできごとについて綴るが、まず言っておく。この先には、卑猥な好奇を満たす話はいっさいない。
5人の男たちが1人の女を輪姦しようとしたかのように伝わっているのはまちがいである、と綴るのであるから。

夕食にはすこし遅めの20時から、20代前半の7人が集まった。ほんの数時間であった。
だが、できごとは、数年かかっておきたといえる。
とくにどうということのない日常の数年が、不運な背景となったといえる。
5人が逮捕された罪名は強制わいせつ。ニュースを報道する画面に、視聴者からのツイッターコメントが出た。
【和田サン、勘違い女に鉄拳を喰らわしてくれてありがとう】
逮捕された5人には、和田という名前の学生はいない。
匿名掲示板への書き込みはもっと多数、投稿された。
【世に勘違い女どもがいるかぎり、ヤリサーは不滅です】
【被害者の女、勘違いしていたことを反省する機会を与えてもらったと思うべき】

勘違い。
勘違いとはなにか?

この物語の - これが「プロローグ」の全文。書いてある通り、小説には 「強姦」 や 「輪姦」 などの場面は一切ありません。但し、それよりもなお惨たらしいことが書いてあります。

この本を読んでみてください係数 90/100

◆姫野 カオルコ
1958年滋賀県甲賀市生まれ。
青山学院大学文学部日本文学科卒業。

作品 「受難」「整形美女」「ツ、イ、ラ、ク」「ひと呼んでミツコ」「昭和の犬」「純喫茶」「部長と池袋」他多数

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