『テティスの逆鱗』(唯川恵)_書評という名の読書感想文
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『テティスの逆鱗』(唯川恵), 作家別(や行), 唯川恵, 書評(た行)
『テティスの逆鱗』唯川 恵 文春文庫 2014年2月10日第一刷
女優・西嶋條子の “売り” は、一にも二にもその “美貌” にあります。彼女の場合、自らの “美貌” こそが (女優として) 存在する唯一の矜持であり、(生きる上での) 全ての糧となっています。実際のところ、彼女は抜きん出て美しく、とても47歳には見えません。
36歳の多岐江は、二歳年上の夫・啓司と結婚して八年が経ちます。四歳になる息子・航がおり、自らは学術書を出版する会社に勤めています。人並みに子育てに悩み、夫とはもうずっとセックスレスの状態が続いているとはいえ、比較的平穏な毎日を過ごしています。
沢下莉子は、少なくとも日に三十回は鏡を見ます。六本木の高級キャバクラに勤めており、今や売上げベスト3 の常連になっています。二十一歳の学歴も後ろ盾もない女としては破格の暮らしをしている莉子は、金持ちの、 “いい男” だけを目当てにキャバ嬢をしています。
初めて美容整形を受けたのは、もう十年近く前、十九歳の時だ。いちばんポピュラーな二重目蓋にする手術だったが、それには罪悪感が伴っていて、クリニックを出た時はまともに顔を上げられなかった。
しかし、不思議なものである。一箇所だけの整形は後ろめたいのに、手術を重ねてゆくたびに、その思いはどんどん薄れていった。自分は美しい作品を作り上げてゆく芸術家のような気にさえなった。
目も鼻も唇も頬も顎も額も、今まで何度も手を入れた。乳房も腹も尻も太腿も脹脛も形を変えてきた。今の涼香は、自分を美しくすることだけにしか興味がない。その他は何の意味も持たない。(P59.60 第4節「涼香」より)
畑中涼香の場合は、條子とも、多岐江とも、莉子とも違い、動機は少々複雑で、四人が共に 「美しくなりたい」 がために美容整形に通うのですが、涼香に限って言えば、整形を重ねる毎に彼女は、「醜く」 なってゆきます。それを承知で、整形を繰り返しています。
時折、今日のショップの客のように、好奇に満ちた目を向けたり、気持ち悪いとか、頭がおかしいとか、バケモノとまで言う人間もいる。しかし、涼香は気にしない。確かに自分の顔は人と違っているかもしれないが、美とはもともとそういうもののはずである。普通の人間と同じなら、それはすでに 「美」 ではない。だから、そんな人間の評価などいちいち気にしない。(P60)
(ある意味、涼香は、條子や多岐江や莉子などの 「最終形」 として描かれている。そんな気がしてなりません)
彼女らが度々訪れるクリニックで、彼女らが言う無理難題に、それでも応えてしまう - 応えざるを得ない状況の - 腕の立つ美容整形外科医・多田村晶世は? 彼女はその時々に、何を思うのでしょう。そして、その後・・・・・・・
美に取り憑かれた女たちを
私は決して許さない。
テティスは怒りに打ち震え、叫んだ。あなたたちがすべてを台無しにした - 。(ギリシャ神話より)
※テティス(Thetis):ギリシャ神話に登場する海の女神。その婚礼で起きた美しさをめぐる争いが、トロイア戦争のきっかけになった。
華やかな美貌で売る女優、出産前の身体に戻りたい主婦、完璧な男との結婚をねらうキャバ嬢、そして、独自の美を求め続ける資産家令嬢。美容整形に通い詰める四人はやがて 「触れてはならない何か」 に近づいてゆく - 。終わりなき欲望を解き放った女たちが踏み込んだ戦慄の風景を、深くリアルに描く傑作長編。(文春文庫)
この本を読んでみてください係数 85/100
◆唯川 恵
1955年石川県金沢市生まれ。
金沢女子短期大学(現金沢学院短期大学)卒業。
作品 「海色の午後」「愛に似たもの」「ベター・ハーフ」「100万回の言い訳」「とける、とろける」「逢魔」「肩ごしの恋人」他多数
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