『謎の毒親/相談小説』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文
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『謎の毒親/相談小説』(姫野カオルコ), 作家別(は行), 姫野カオルコ, 書評(な行)
『謎の毒親/相談小説』姫野 カオルコ 新潮文庫 2018年11月1日初版
命の危険はなかった。けれどいちばん恐ろしい場所は 〈我が家〉 でした - 。母の一周忌があった週末、光世は数十年ぶりに文容堂書店を訪れた。大学時代に通ったその書店には、当時と同じ店番の男性が。帰宅後、光世は店にいつも貼られていた 「城北新報」 宛に手紙を書く。幼い頃から繰り返された、両親の理解不能な罵倒、無視、接触について - 。親という難題を抱える全ての人へ贈る相談小説。(新潮文庫)
この小説のほとんどは、幼い頃に姫野カオルコが味わった “ほんとうの話” が書いてあります。殊更奇妙なことではありますが、(この人の本をよく読む私にはわかるのですが) 書いてあるのは嘘でも作り話でもありません。
何が因果でか、彼女には、確かにこんな父がおり、こんな母がいたのでした。
本書は、凄惨な虐待を受けた子供の話ではありません。過酷な環境を歯を食いしばって耐え、過酷な環境を自分に与えた敵と戦った話でもありません。『謎の毒親』 は、小さな町でのどかに育った子供の話です。
両親の言うことをよく聞き、経済的な苦労をとくにすることもなく、もっさり暮らしていました。ただ、この子供のお父さんには不可解 (ふしぎ) なところがありました。お母さんにも不可解なところがありました。
父と母、それぞれに不可解で、そのふしぎさも、父と母とでは質が違ったので、家では、謎の出来事がよくおこりました。
これらの出来事については、子供が大人になってからも長く放置されたままでしたが、「大人になってから」 というよりはもはや、中年期も終わろうとするころに、ふとしたきっかけで、数人に質問してみることになりました。そのため 「相談小説」 と名付けました。(P416/あとがきより)
その相談内容はといいますと、
1.名札貼り替え事件・・・・・・・小学2年生の和治光世は、何がために、誰がしたのかまるでわからない、ある “へんな” 出来事に頭を悩ませることになります。事実は終ぞ判明せず、後年、これが “相談” の発端となります。
2.恐怖の虫館
3.初めての一等賞
4.タクシーに乗って
5.オムニバス映画
6.素肌にそよぐ風
7.死人 (しびと) の臭い
光世からの質問事項は 「名札貼り替え事件」 を含め、以上の7件。2 ~7についてが、(光世からみた) 常軌を逸した父と母との暮らす様子と、(一人娘である) 彼女に向けての、これまた常軌を逸した言動の数々が語られています。
3人が暮らす家には、常時(ゴキブリやナメクジなどの) 無数の虫が溢れ、基本物は捨てられず山のように積み上げられて、それでなくても狭いのに、なお家中を狭くしています。不潔極まりない状況で、父と母は、何一つ問題がないかのように暮らしています。
一等賞をとっても褒められず、逆にどんなのろまな連中と一緒になって走ったのかと馬鹿にされ、冷たく笑われてしまいます。一円も持たない小学生がどうしてタクシーなどに乗ることができるのか? それでも両親は乗ったと言い、光世は何も言い返せません。
何か他の言葉と勘違いされ、「オムニバス映画」 と言っただけで激怒されます。裾が綻んでいると言い、見ると、母は光世がはいたスカートの奥をしげしげと眺めています。寝ていると、母は何かを確かめるように、光世の乳房を揉むことがあります。わけもなく、父は光世の髪を “臭い” と言い、”しびとのような” 臭いがすると言います。
繰り返しになりますが、光世は何も虐待されたり蔑ろにされていたわけではありません。家を出ると決め、実際にそうしたのには相応の工夫と苦労があったにせよ、結果として思い通りになり、彼女はある地方の街で一人暮らしを始めることに成功します。
その後試験を受け直し、東京の大学へ進学するも、両親はそれを咎めたりはしません。やるべき親の務めはきちんと果たし、それゆえ、光世は父と母とを心から憎むことができません。しかし、たしかに相容れないものが、依然としてそこにはあるのでした。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆姫野 カオルコ
1958年滋賀県甲賀市生まれ。
青山学院大学文学部日本文学科卒業。
作品 「受難」「整形美女」「ツ、イ、ラ、ク」「ひと呼んでミツコ」「昭和の犬」「純喫茶」「部長と池袋」「彼女は頭が悪いから」他多数
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