『霧/ウラル』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『霧/ウラル』桜木 紫乃 小学館文庫 2018年11月11日初版


霧 (小学館文庫)

北海道最東端・根室は、国境の町である。戦前からこの町を動かしてきた河之辺水産の社長には、三人の娘がいた。長女智鶴は国政を目指す大旗運輸の御曹司に嫁ぎ、次女珠生は芸者を経て相羽組組長の妻となり、三女早苗は金貸しの杉原家の次男を養子にして実家を継ぐことになっている。

にわかに解散風が吹いた総選挙で、智鶴の夫・大旗善司は、北方領土の早期返還を公約に掲げ、初当選を果たした。選挙戦を支えたのは、珠生の夫・相羽重之が海峡でかき集めた汚れ金だった。三姉妹はそれぞれの愛を貫き、男の屍を越えて生きてゆく。(小学館文庫)

舞台は、昭和35年から41年にかけての根室。終戦の記憶がまだ、伝聞ではなく経験として残っていた時代だ。主人公の河之辺珠生は料亭 「喜楽楼」 の芸者で、20歳という年齢ながら、ひとりで座敷を任されている。彼女はここで、常連客の秘書を務める相羽重之という男に出会い、惹かれてゆく。

河之辺家は水産業の会社を営む名家であり、珠生は親に反対し、15で家を出ていた。珠生の上に長女智鶴が、下に三女早苗がいる。物語は珠生の視点で語られ、相羽との関係、智鶴や早苗との関係が、実家や他家の目論見を巻き込みながら変化していく。根室の街をめぐる金と権力を最終的に牛耳るのはどこの誰か。男たちの生臭い話と、女たちの情やプライドが交錯する。(解説より抜粋)

最初、必ずしもそうは思えないのですが、三姉妹の内、一等世知に長けているのが長女・智鶴ではないかと。彼女は本来家業の水産加工会社を継ぐべき立場にありながら、地元の運送業を束ねる大旗家の御曹司・善司のもとに嫁ぎます。

その頃すでに善司は、家業よりむしろ国政に進出すべく熱心に活動しています。北方領土の早期返還を公約に、ひいては根室を北の経済の拠点にすると息巻いています。智鶴はそれをよく承知し、善司を支えるうち、やがて善司以上の力を発揮するようになります。

二人の姉が家を出たあと、残る早苗に縁談の話が持ち上がります。地元信金の杉原家の次男を養子に迎え、実家の家業を継ぐという話に、彼女は素直に頷くことができません。残り籤を引かされたようで、幾分か早苗は卑屈になっていきます。

“自分の居場所は、自分で見つけるしかない” - 十五で珠生が芸者になったのは、偏に自分の意志を貫きたかったから。地元の有力者である河之辺家の娘であるという身分を棄て、芸者になり、やがて珠生はヤクザ連中を束ねる相羽組の組長の妻となります。

彼女が惚れたのは、育ての親への恩義から汚名を被って刑務所へいくと決めた男 - 相羽重之でした。

服役を終え出所した相羽は、表は土建屋、裏で地元の汚れ仕事の一切を請け負う組織 「相羽組」 を興します。相羽と夫婦になることで、珠生は思いもよらずヤクザ組織の組長の妻となり、やがては 「姐さん」 と呼ばれるようになります。

※ 河之辺水産は、戦後根室の復興に尽力してきた地元最大手の水産加工会社。社長は人格者として地元でよく知られた人物で、根室には、社長を頼り、「河之辺」 の名前を借りて資金を調達し、それで経営が成り立っている会社や組織が数多くあります。

それがため、いつしか河之辺水産自体の経営が危うくなりつつある頃のことです。根室において海上の雄・河之辺水産に対し、陸の雄が大旗運輸、そして地域の金融を一手に担っているのが杉原家 - という構図の中で、

根室と国後を分かつ国境の間に広がる海峡での揉め事の、全てを丸く治めることができるのは、相羽重之 - 彼以外にはないのでした。相羽はあくまで黒子に徹します。たとえ汚れ仕事であろうと、黙してそれをやり遂げます。彼にはそうするための、理由があるのでした。

親の思惑通りの相手に嫁いだ長女の智鶴。実家を継ぐかどうかで思い惑う三女の早苗。二人はこの先どうなっていくのか。そして、珠生は -

相羽の妻となり、姐さんと呼ばれるのが板についてきた頃、相羽にある事件が起こります。それを受け、相羽の意思を継ぐように、今度は珠生が 「海峡の鬼になる」 と心に決めます。

 

この本を読んでみてください係数  85/100


霧 (小学館文庫)

◆桜木 紫乃
1965年北海道釧路市生まれ。
高校卒業後裁判所のタイピストとして勤務。

作品 「起終点駅/ターミナル」「凍原」「氷平線」「ラブレス」「ホテルローヤル」「硝子の葦」「誰もいない夜に咲く」「星々たち」「ブルース」他多数

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