『琥珀のまたたき』(小川洋子)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/10
『琥珀のまたたき』(小川洋子), 作家別(あ行), 小川洋子, 書評(か行)
『琥珀のまたたき』小川 洋子 講談社文庫 2018年12月14日第一刷

もう二度と取り戻せないあの儚くも幸福な一瞬 古びた図鑑の片隅に蘇る、失われた時の輝き - 閉ざされた家で暮らす子どもたち。彼らだけの密やかな世界は、永遠に続くはずだった -
「壁の外には出られません」 最も大事な禁止事項を、ママは言い渡した・・・・・・・。
妹を亡くした三きょうだいは、ママと一緒にパパが残した古い別荘に移り住む。そこで彼らはオパール・琥珀・瑪瑙という新しい名前を手に入れた。閉ざされた家のなか、三人だけで独自に編み出した遊びに興じるうち、琥珀の左目にある異変が生じる。それはやがて、亡き妹と家族を不思議なかたちで結びつけるのだが・・・・・・・。(講談社BOOK倶楽部より)
誰かの声に静かに耳をかたむけることは、それ自体がひとつの祈りなのだと思う。その意味で、『琥珀のまたたき』 は、祈りの物語とも言える。主人公の琥珀は、幼くして死んでしまった妹の無言の声に耳を澄まし、妹の姿を図鑑の余白にパラパラ漫画のようなものとして蘇らせる。そして、過去を語る琥珀=アンバー氏のささやくような声を、小川さんはその鋭敏な耳で聴こうとするのだ。声を聴く、という祈りの連鎖が、この物語には、すばらしく澄みきった色彩で描き出されている。
実は私は、この小説を読みすすめながら、長女オパールは私自身なのではないかというざわざわした気持ちに取り憑かれた。これは、私だ。すぐれた小説というのは、読者にそういう思いを抱かせることがある。([小さな声の真実] 大森静佳(歌人)/解説より)
年末に読んだきりしばらく放置していました。正直、とても苦手な一冊です。読むには読みました。わからぬわけではありません。
しかし。
この人が書くこの手の物語 - それはもう “物語” というしか他に言い様がありません - を読むといつも思うのです。感動よりもむしろ、その圧倒的な創造力の源は一体何なのだろうと。自分のそれとのあまりの落差に、何を言っていいのかわからなくなります。
ここには、ある事情のもとに母親がした、三人の幼いわが子に向けた、ある種の “虐待” と “監禁” の様子が描かれています。
閉ざされた家で暮らす母と子の生活は明らかに異常なもので、しかし、それはまたそこで暮らす四人の家族にとって、代え難くかけがえのないものでもありました。
幼い三人の姉弟は、疑いもせず母の言いつけを守ります。なぜなら、彼らは心から母を愛しており、また母に、心から愛されていることを知っていたからでした。母を悲しませたくない一心で、三人はそれぞれに、今ある世界に留まろうとします。
ところが。
虐待を虐待とせず、監禁を監禁とは思わない彼らの生活は、外界の空気を纏いある日突然訪れた若者の出現で、徐々に綻びを見せはじめ、やがて終わりを迎えます。
この本を読んでみてください係数 80/100

◆小川 洋子
1962年岡山県岡山市生まれ。
早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。
作品 「揚羽蝶が壊れる時」「妊娠カレンダー」「博士の愛した数式」「沈黙博物館」「ブラフマンの埋葬」「貴婦人Aの蘇生」「ことり」「ホテル・アイリス」「ミーナの行進」他多数
関連記事
-
-
『国道沿いのファミレス』(畑野智美)_書評という名の読書感想文
『国道沿いのファミレス』畑野 智美 集英社文庫 2013年5月25日第一刷 佐藤善幸、外食チェーン
-
-
『ロゴスの市』(乙川優三郎)_書評という名の読書感想文
『ロゴスの市』乙川 優三郎 徳間書店 2015年11月30日初版 至福の読書時間を約束します。乙川
-
-
『あなたならどうする』(井上荒野)_書評という名の読書感想文
『あなたならどうする』井上 荒野 文春文庫 2020年7月10日第1刷 病院で出会
-
-
『殺人カルテ 臨床心理士・月島繭子』(大石圭)_書評という名の読書感想文
『殺人カルテ 臨床心理士・月島繭子』大石 圭 光文社文庫 2021年8月20日初版1刷
-
-
『くちなし』(彩瀬まる)_愛なんて言葉がなければよかったのに。
『くちなし』彩瀬 まる 文春文庫 2020年4月10日第1刷 別れた男の片腕と暮ら
-
-
『そこへ行くな』(井上荒野)_書評という名の読書感想文
『そこへ行くな』井上 荒野 集英社文庫 2014年9月16日第2刷 長年一緒に暮ら
-
-
『星に願いを、そして手を。』(青羽悠)_書評という名の読書感想文
『星に願いを、そして手を。』青羽 悠 集英社文庫 2019年2月25日第一刷 大人
-
-
『悪い恋人』(井上荒野)_書評という名の読書感想文
『悪い恋人』井上 荒野 朝日文庫 2018年7月30日第一刷 恋人に 「わたしをさがさないで」
-
-
『終の住処』(磯崎憲一郎)_書評という名の読書感想文
『終の住処』磯崎 憲一郎 新潮社 2009年7月25日発行 妻はそれきり11年、口をきかなかった
-
-
『チェレンコフの眠り』(一條次郎)_書評という名の読書感想文
『チェレンコフの眠り』一條 次郎 新潮文庫 2024年11月1日 発行 なんてチャーミングな