『人のセックスを笑うな』(山崎ナオコーラ)_書評という名の読書感想文

『人のセックスを笑うな』山崎 ナオコーラ 河出書房新社 2004年11月30日初版

著者が20代半ばに書いたデビュー作。文藝賞を受賞し、芥川賞候補にも選ばれています。タイトルがえらく刺激的で、その上ペンネームはふざけているしで、それで読む人読まない人がはっきり分かれるのではないかと。(写真見たら、普通に清楚な女性のようで安心しました)

それにしてもおかしなペンネーム。姫野カオルコか、山崎ナオコーラか。ダイエット・コーラが好物だから直子にコーラとは、凡人には思いもつかない発想です。

大胆なタイトルに惹かれはするのですが、買うには少々勇気が必要で、私のような年配者もそうですが、若い人は若い人なりに変に気をまわし、買わずに我慢している真面目な諸君がたくさんいるのではないでしょうか。女子なら尚更で、倍くらいの勇気が必要かも知れません。抵抗がない人は・・・・・・・、たぶん本など読まない人です。

今はネットで何でも買える時代ですから関係ないと言われるかも知れませんが、そんなことを言っているのではありません。気持ちの在り様のこと。誰も見てないのに、やっぱり少しだけ勇気を出して、一気に注文画面をクリックする “そのココロ“ は、書店で買うのと大差ないと思うのですがどうでしょう?

ところが、不埒な期待をもって読み出した人は、おそらく、ひどく落胆することでしょう。この小説、艶っぽいところなんかまるでありません。むしろそういうものを排除してというか、そもそもエロティックな話を書こうとして書いたものではありません。著者の思うところは、他にあります。

文章のさらさら感がいいし、何より簡潔なのがいい。19歳の美術専門学校の学生・磯貝みるめと39歳の絵画講師で既婚者・猪熊サユリの恋の物語なのですが、語り手が男性のみるめなのもいい。サユリの内面を語らず、あくまで即物的なのが清々しく感じられます。

サユリという女性の、本当のところはよくわかりません。授業はなげやりで、やる気のかけらもありません。ほとんどの絵を褒めて、厳しい批判も適当なアドバイスもしません。髪の毛はぼさぼさ、化粧は口紅くらい。どう贔屓目に見ても39歳は39歳、19歳のみるめにすれば真正のオバサンだと思うのですが。

たとえ「私、君のこと好きなんだよ。知ってた?」と言われたとしても、19歳のみるめは、その言葉に恋の予感を感じるものなのでしょうか。期待するのはせいぜい一度か二度のアバンチュール、一途に性的衝動あるのみ - の方が正解だと思うのですがどうでしょう?

みるめは、大いなる勘違いをしているように思えます。相手の女性が自分に好意を持っているのが明白で、しかも二人きりのアトリエで誘うように見つめられたら、そりゃ行くとこまで行きますわ。みるめは自分のことを冷静だと言ってはいますが、信用はできません。

男はある時期 「性欲の奴隷」 と化します。みるめは19歳。頭の中はセックスのことで一杯、それ以外のことは考えられなくなります。思うと哀しい性(さが)ですが、この時期は顔よりも躰、年齢よりもできるか否かの問題が最も重要であったりします。

一方、サユリにはとても余裕が見られます。「君のこと好きなんだよ」と何気に告白している時点ですでに余裕で、みるめの心臓バクバク感はとっくにお見通し、後は自分の決心とタイミングだけの問題。勝負は始まる前から決まっています。

案の定といいますか、そうなるようにしてといいますか、サユリはみるめにひと言の相談もなく専門学校を辞め、さっさと旦那とミャンマーへ長旅に出かけてしまいます。いくら電話しても出ないし、返事も返ってきません。サユリから電話がかかってきたのは、帰国予定日を随分過ぎてからのことでした。

「思うように絵が描けない」サユリは、絵を描くことをやめるとみるめに告げます。しばらく一人になりたいと言うサユリが、もはやみるめに助けを求めることはありません。

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みるめの述懐 ・・・・・・・「もし神様がベッドを覗くことがあって、誰かがありきたりな動作で自分たちに酔っているのを見たとしても、きっと真剣にやっていることだろうから、笑わないでやって欲しい

この本が出版された時、著者は26歳。ということは、着想から執筆の時期は20代の前半ということになりますが、その少し前、ひょっとすると著者にはみるめに似た彼氏がいたのかも知れません。

終わった恋を引きずるのは未練がましくもあり惨めなものですが、間違いなく男性の方が深く長きに亘って引きずるものです。みるめは涙さえしますが、誰も彼を笑う権利はありません。みるめにとって、たとえそれが刹那的であったとしても、サユリを愛する気持ちに嘘はありません。

人から見ればバカバカしくて、あいつ何やってんだと思うことも本人にすれば至極真剣で、抜き差しならない状況に冷静さを見失うこともあります。状況や時期は違えども、人は繰り返しそんな目に遭いながら生きているのかも知れません。でも、仕方ありません。それが今、一番したいことなんですから。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆山崎 ナオコーラ
1978年福岡県北九州市生まれ。埼玉県で育ち、東京都在住。本名は、山崎直子。
國學院大學文学部日本文学科卒業。

作品 「浮世でランチ」「カツラ美容室別室」「論理と感性は相反しない」「手」「この世は二人組ではできあがらない」「ニキの屈辱」「昼田とハッコウ」他多数

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