『朝が来る』(辻村深月)_書評という名の読書感想文
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『朝が来る』(辻村深月), 作家別(た行), 書評(あ行), 辻村深月
『朝が来る』辻村 深月 文春文庫 2018年9月10日第一刷
長く辛い不妊治療の末、特別養子縁組という手段を選んだ栗原清和・佐都子夫婦は民間団体の仲介で男子を授かる。朝斗と名づけた我が子はやがて幼稚園に通うまでに成長し、家族は平穏な日々を過ごしていた。そんなある日、夫婦のもとに電話が。それは、息子となった朝斗を 「返してほしい」 というものだった - 。
心から望みながら、自分たちの子を産めなかった夫婦。
中学生で妊娠し、断腸の思いで子供を手放すことになった幼い母。
それぞれの葛藤、人生を丹念に描いた、胸に迫る長編。(文春文庫)
タワーマンションの上層階に暮らす佐都子はこの日常にこの上も無い幸せを感じ 「満ち足りている」 とはっきりと自覚している。そんなある日、無言電話がかかってきてその 「満ち足りている」 日常に事件が起こる。
ひとつは6歳になる息子 「朝斗」 が幼稚園で起こしたもの。そしてもうひとつは同じく 「朝斗」 を取り巻く現実、彼の人生の根源が明かされてゆくというものだ。
前者の事件からは佐都子の揺るがない子供への態度、我が子を信じる確固たる意志が見え、読者はこの立派な母の像を確認する。そして息子の 「朝斗」 もまたそんな母へのゆるぎない信頼を忘れない。概ね第一章ではその 「満ち足りた」 日常、ゆるぎない親子関係を描いているとおもいきや、事件が一件落着した途端、間髪入れずにもうひとつの事件はやってくる。「朝斗」 の出生に関する秘密が突然明かされるのだ。この展開に読者は驚かされ、一気に物語に引きずり込まれるだろう。(河瀬直美/解説より)
最初、おそらく多くの読者は、この物語の主人公は 「佐都子」 であり、「朝斗」 と思うはずです。それはそれで違いないのですが、そう思い読み進めていると、事は一気に予想もしない局面を迎え、二人は、思いもしなかった人物と再会することになります。
実は 「朝斗」 は佐都子が自らお腹を傷めて産んだ子供ではなく、特別養子縁組という手立てのもとに授かった、血の繋がりのない子供でした。
物語のもう一人の主人公、「朝斗」 を産んだ 「片倉ひかり」 は当時中学生で、もとより手もとに置いて育てられるわけもなく、母親がした企てにより、否応なく母子の関係を断たれたのでした。
(解説の続き) この確固たる絆を築いている親子が実の親子でなく、まだ20歳そこそこの茶色く髪を染めた 「ひかり」 が実の母親であるかもしれないという真相を知りたくなるのだ。
物語は、まず佐都子の家に朝斗がやってくるまでの10年程が描き出されてゆきます。それはとりもなおさず、栗原清和・佐都子夫婦が経験した不妊治療の、長く辛すぎた日々の記憶であり記録でもありました。幾多の挫折に堪え、二人は遂に父になり母になります。
ところが、「朝斗」 と名付けた我が子が幼稚園へ通うまでになった頃、その女はやって来たのでした。朝斗の母だと言い、「ひかり」 と名乗る茶色い髪の女は、朝斗を 「返してほしい」 と言い、でなければ 「お金を、用意してください」 と脅迫じみた要求をします。
清和と佐都子には、まさか目の前の女が当時中学生だった 「ひかり」 だとはどうしても思えません。あなたは 「ひかり」 ではないと言い、毅然とした態度でもって、二つともの要求を突っ撥ねたのでした。
神奈川県警の警察が 「ひかり」 を名乗る女の写真を持って事情を聞きに来たのは、その1ヶ月ほど後のことでした。「この女性に見覚えはありませんか」 と訊かれ、佐都子の表情が変わると、畳みかけるようにして 「この女性が、行方不明になっています」 と言うのでした。
※「片倉ひかり」 の半生が描かれるは第三章。話は、彼女がまだ中学に入学したばかりの13歳から始まっていきます。
とある地方都市に住む教師一家の末娘として、何不自由なく暮らしていた 「ひかり」 が、中学生で妊娠し中絶もせず、なぜ 「朝斗」 を産んだのか。
妊娠から出産にかかる一連の出来事の始末を終え、とにもかくにも “普通” の高校生になった 「ひかり」 が、その後どんな思いで日々を過ごし、後年、警察にその身を追われるまでになったのか。住む場所を探し出し、なぜ栗原家へ行こうとしたのか・・・・・・・
(勿論ほかにも色々ありますが) 私は、この 「ひかり」 の道程こそを、知ってほしいと思います。胸に迫ってひりつくような、激しく辛い人生に言葉を失くす思いがします。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆辻村 深月
1980年山梨県笛吹市生まれ。
千葉大学教育学部卒業。
作品 「冷たい校舎の時は止まる」「凍りのくじら」「ツナグ」「太陽の坐る場所」「鍵のない夢を見る」「きのうの影踏み」「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」「かがみの孤城」他多数
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