『誰かが足りない』(宮下奈都)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/14
『誰かが足りない』(宮下奈都), 作家別(ま行), 宮下奈都, 書評(た行)
『誰かが足りない』宮下 奈都 双葉文庫 2014年10月19日第一刷
優しい - 「優しくて、しかも前向き」 な小説を読みました。本屋大賞にノミネートされたのがわかる気がします。ときにはこんな話を読んで、心のなかを洗濯したみたいになるのは悪いことではありません。気分転換にはもってこいの一冊です。
鈍色に変化した煉瓦造りの古い一軒家、屋根に蔦を這わせて建っている小さなレストラン。店の名前は 「ハライ」。隅々にまで気を配られており、すべてが親しげに感じられる、初めて来たのに懐かしい、「ハライ」 はそんなレストランです。
予約を取るのも難しい店ですが、テーブルを見渡すと、不自然な空席があります。すでにテーブルに着いている人の向かいには誰もいません。予約で埋まっているはずの席が、ぽつんと空いています。
誰かが足りません。
それが誰かはわかりません。ずっと誰かを待っていることだけはわかるのですが・・・・・・・。
この小説は、同じ時に 「ハライ」 の客となった人々の、来店に至るまでのエピソードが綴られた6つの短編で構成されています。
《予約 1 》 原田は大学を出た後も故郷へ戻らず、この町で働いています。望んだ仕事ではありません。19の頃から付き合っていた恋人の未果子は、別の男と結婚しました。
《予約 2 》 「最近、どんなニュースがありましたか?」 と聞かれるのが不愉快だ。おとうさんは75歳で亡くなったらしい。あの人、夫・・・・・・・頭の中で単語がうまく結びつきません。
《予約 3 》 女の私ひとりが係長になった。「要するに尻拭い要員」 だと笑われる。幼なじみのヨッちゃんと偶然コンビニで出会ったのは、嫌々会社へ行こうとしていた時でした。
《予約 4 》 僕はビデオカメラがないと人前に出られません。人とも上手く話すことができません。カメラを回していれば、いつか閉ざされた日々の変わり目が映ると信じています。
《予約 5 》 ホテルのブッフェレストランのオムレツ係、それが俺だ。彼女を見た時に、黄色い信号が緑に変わった。進んでもいいと言われた感じがしたのだ。
《予約 6 》 酸っぱさと、焦げ臭さと、ほんの少しの甘さが混じったような匂い。それは 「失敗の匂い」 で、私にはその匂いがわかってしまう。
物語の主役はみな、何がしか足りないものを抱えながら毎日を生きている人たちです。その気持ちを哀しむのではなく、足りない何かを待つことは、もしかしたらしあわせなことかもしれないというメッセージを、著者はこの本で伝えようとしています。
個人的には 《予約 2 》 と 《予約 3 》 が印象に残ります。
《予約 2 》は認知症初期のおばあちゃんの話ですが、身につまされて切実です。おばあちゃんが迷い込んでいる記憶の世界と、ある瞬間スイッチが切り替わって現実の世界へ戻る混濁した様子がリアルに描かれています。
《予約 3 》 は、これだけで十分一冊の本になるような話で、彼女の係長としての奮闘ぶりや荒んだヨッちゃんの過去をもっと詳しく知りたいし、二人の今後も気になります。最も情景が目に浮かぶ作品でした。
様々状況は異なりますが、物語の主役たちは、予約をした10月31日の午後6時 - それぞれの思いを胸に、人気のレストラン 「ハライ」 にやって来ます。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆宮下 奈都
1967年福井県生まれ。
上智大学文学部哲学科卒業。
作品 「静かな雨」「スコーレNO.4」「遠くの声に耳を澄ませて」「太陽のパスタ・豆のスープ」「メロディ・フェア」「田舎の紳士服店のモデルの妻」「ふたつのしるし」他
◇ブログランキング
関連記事
-
『つやのよる』(井上荒野)_書評という名の読書感想文
『つやのよる』井上 荒野 新潮文庫 2012年12月1日発行 男ぐるいの女がひとり、死の床について
-
『通天閣』(西加奈子)_書評という名の読書感想文
『通天閣』西 加奈子 ちくま文庫 2009年12月10日第一刷 織田作之助賞受賞作だと聞くと
-
『デルタの悲劇/追悼・浦賀和宏』(浦賀和宏)_書評という名の読書感想文
『デルタの悲劇/追悼・浦賀和宏』浦賀 和宏 角川文庫 2020年7月5日再版 ひと
-
『玉瀬家の出戻り姉妹』(まさきとしか)_書評という名の読書感想文
『玉瀬家の出戻り姉妹』まさき としか 幻冬舎文庫 2023年9月10日初版発行 まさ
-
『罪の余白』(芦沢央)_書評という名の読書感想文
『罪の余白』芦沢 央 角川文庫 2015年4月25日初版 どうしよう、お父さん、わたし、死んでしま
-
『高校入試』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文
『高校入試』湊 かなえ 角川文庫 2016年3月10日初版 県下有数の公立進学校・橘第一高校の
-
『つけびの村』(高橋ユキ)_最近話題の一冊NO.1
『つけびの村』高橋 ユキ 晶文社 2019年10月30日4刷 つけびして 煙り喜ぶ
-
『たまさか人形堂それから』(津原泰水)_書評という名の読書感想文
『たまさか人形堂それから』津原 泰水 創元推理文庫 2022年7月29日初版 人形
-
『トワイライトシャッフル』(乙川優三郎)_書評という名の読書感想文
『トワイライトシャッフル』乙川 優三郎 新潮文庫 2017年1月1日発行 房総半島の海辺にある小さ
-
『1R 1分34秒』(町屋良平)_書評という名の読書感想文
『1R 1分34秒』町屋 良平 新潮社 2019年1月30日発行 デビュー戦を初回