『女たちの避難所』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/09 『女たちの避難所』(垣谷美雨), 作家別(か行), 垣谷美雨, 書評(あ行)

『女たちの避難所』垣谷 美雨 新潮文庫 2017年7月1日発行

九死に一生を得た福子は津波から助けた少年と、乳飲み子を抱えた遠乃は舅や義兄と、息子とはぐれたシングルマザーの渚は一人、避難所へ向かった。だがそこは、”絆” を盾に段ボールの仕切りも使わせない監視社会。男尊女卑が蔓延り、美しい遠乃は好奇の目の中、授乳もままならなかった。やがて虐げられた女たちは静かに怒り、立ち上がる。憤りで読む手が止まらぬ衝撃の震災小説。『避難所』 改題。(新潮文庫)

一昨日、昨日と続けて二晩、NHKのドキュメンタリー番組を観ました。言わずもがな、あの大震災のことです。

そこでは、8年を経た今ある被災地の現状が描かれていました。亡くなった人のことではありません。命からがら生き延びた、今を生きる人のことです。

未だ復興とは程遠い状況にある中で、多くの被災者はそれぞれに、生きる上での難題を抱え、疲れ果て、それは震災直後と比べ、なお悲惨なものになってはいまいかと。

私は、そんなことであるのを初めて知りました。今更ながら思うのは、あの日以降連日報道された津波や原発事故の様子に、随所に設けられた避難所の状況に、いったい私は何を感じたのだろうと。見るべきを見て、想像すべきことを想像できたのだろうかと。

この本を読んで、改めて考えました。

確かに、当事者にしかわからないことがあります。震災直後の避難所での生活もそうなら、そこで問題となる女性に特有の事なら殊更に。

はじめ避難所には、あって当然と思われる 「間仕切り」 がなかったのだそうです。授乳や着替えの場所もない避難所というのは、女性にしてみれば、恐ろしく片手落ちな場所に違いありません。男の私ですらわかるのに、

当時、それが意図的に、使われない避難所があったといいます。

「被災者同士は家族のようなもの、間仕切りで分けるなんて水臭い、という男性リーダーがいて、間仕切りを使えなかった」 ことが現にあったという事実に唖然としました。

物語は、福子、遠乃、渚という、生きてきた状況も震災当日の状況も、年齢もまるで違う3人の女性が登場し、ある避難所で偶然に出会うところから始まってゆきます。

3人はそれぞれに、人に言えない辛い事情を抱えています。抱えつつ被災者となり、同じ避難所で暮らすようになります。互いの事情がわかるうち、震災に遭い避難所暮らしをする中で、それぞれが抱える事情の根源が、実は今いる避難所にもあることに気付きます。

それは、垣根があってないが如くの田舎に共通する悪しき共同意識、根強く残る男尊女卑の慣例 - 3人はいつしか気持ちを共有し、静かに怒りを留め、爆発するその時を待ちます。

この本を読んでみてください係数  80/100

◆垣谷 美雨
1959年兵庫県豊岡市生まれ。
明治大学文学部文学科フランス文学専攻卒業。

作品 「竜巻ガール」「ニュータウンは黄昏れて」「後悔病棟」「農ガール、農ライフ」「老後の資金がありません」「夫の墓には入りません」他多数

関連記事

『もっと悪い妻』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『もっと悪い妻』桐野 夏生 文藝春秋 2023年6月30日第1刷発行 「悪い妻」

記事を読む

『愛されなくても別に』(武田綾乃)_書評という名の読書感想文

『愛されなくても別に』武田 綾乃 講談社文庫 2023年7月14日第1刷発行 “幸

記事を読む

『失はれる物語』(乙一)_書評という名の読書感想文

『失はれる物語』乙一 角川文庫 2006年6月25日初版 目覚めると、私は闇の中にいた。交通事故に

記事を読む

『墓地を見おろす家』(小池真理子)_書評という名の読書感想文

『墓地を見おろす家』小池 真理子 角川ホラー文庫 2014年2月20日改訂38版 都心・新築しかも

記事を読む

『私はあなたの記憶のなかに』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『私はあなたの記憶のなかに』角田 光代 小学館文庫 2020年10月11日初版 短

記事を読む

『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』山田 詠美 幻冬社 2013年2月25日第一刷

記事を読む

『銀河鉄道の父』(門井慶喜)_書評という名の読書感想文

『銀河鉄道の父』門井 慶喜 講談社 2017年9月12日第一刷 第158回直木賞受賞作。 明治2

記事を読む

『秋山善吉工務店』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『秋山善吉工務店』中山 七里 光文社文庫 2019年8月20日初版 父・秋山史親を

記事を読む

『愛なんて嘘』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『愛なんて嘘』白石 一文 新潮文庫 2017年9月1日発行 結婚や恋愛に意味なんて、ない。けれども

記事を読む

『恋』(小池真理子)_書評という名の読書感想文

『恋』小池 真理子 新潮文庫 2017年4月25日11刷 1972年冬。全国を震撼させた浅間山荘事

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『みぞれ』(重松清)_書評という名の読書感想文

『みぞれ』重松 清 角川文庫 2024年11月25日 初版発行

『ついでにジェントルメン』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『ついでにジェントルメン』柚木 麻子 文春文庫 2025年1月10日

『逃亡』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『逃亡』吉村 昭 文春文庫 2023年12月15日 新装版第3刷

『対馬の海に沈む』 (窪田新之助)_書評という名の読書感想文

『対馬の海に沈む』 窪田 新之助 集英社 2024年12月10日 第

『うたかたモザイク』(一穂ミチ)_書評という名の読書感想文

『うたかたモザイク』一穂 ミチ 講談社文庫 2024年11月15日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑