『ジニのパズル』(崔実/チェ・シル)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2019/04/30
『ジニのパズル』(崔実/チェ・シル), 作家別(た行), 崔実, 書評(さ行)
『ジニのパズル』崔 実(チェ・シル) 講談社文庫 2019年3月15日第1刷
オレゴン州の高校を退学になりかけている女の子・ジニ。ホームステイ先でステファニーと出会ったことで、ジニは5年前の東京での出来事を告白し始める。ジニは日本の小学校に通った後、中学から朝鮮学校に通うことになった。学校で一人だけ朝鮮語ができず、なかなか居場所が見つけられない。特に納得がいかないのは、教室で自分たちを見おろす金親子の肖像画だ。1998年の夏休み最後の日、テポドンが発射された。翌日、チマ・チョゴリ姿で町を歩いていたジニは、警察を名乗る男たちに取り囲まれ・・・・・・・。二つの言語の間で必死に生き抜いた少女の革命。21世紀を代表する青春文学の誕生! 第59回群像新人文学賞受賞作。(「BOOK」データベースより)
韓国には仕事で何度も行ったことがあります。大韓航空機爆破事件があった後の頃のことです。韓国や北朝鮮に関する本を、何冊も読みました。朝鮮人学校や朝鮮総聯のことも。
しかし、一人の在日朝鮮人の少女が語る現実を前にすると、そんなことは何の役にも立ちません。わかったつもりでいたことが、実は何もわかっていなかったことに気付きます。
昔、朝鮮の人のことを “チョンコ” と呼ぶのを聞いたことがあります。明らかに下に見た、侮蔑を込めた言い様に、なぜそんな言い方をするのだろうと訝しんだことがあります。子供の頃のことです。
近くに、”朝鮮人街道” と呼ばれる道があります。どんな謂れがあってそう呼ばれるようになったかはわかりません。さほど気にすることはないのかもしれないのですが、そう呼ぶのには強い抵抗があります。
“チョウセンジン” と発語するのに躊躇するのは - 表立っては見せないものの、敢えて関わりたいとは思わない程度に - 私の中に、明らかに “差別意識” があるのだろうと。
以下は、立命館大学特任教授・文京洙(ムン・ギョンス)氏の解説からの抜粋です。氏は自身も在日二世とした上で、物語をこんなふうに見立てています。
この作品は、在日朝鮮人三世の少女、パク・ジニの孤独な革命の物語である。ジニをとりまく世界の不条理への挑戦と挫折、そして救済が瑞々しい筆致で語られる。著者の崔実は作品の主人公と同世代の在日三世であり、物語は彼女自身の朝鮮学校での経験や米国留学がベースとなっている。
・・・・・・・物語の舞台となる朝鮮学校は一般には馴染みの薄い世界であるうえに、日本でも誤解や偏った理解が少なからずみられる。ネット上には、生半可な知識を振りかざしての偏見や悪意に満ちた書き込みも後を絶たない。
朝鮮学校での教育内容は、朝鮮の社会主義建設に忠実な 「共和国公民」 の育成をはかるものとされたが、朝鮮で金日成・金正日の排他的な指導体制が確立するにつれて極端な指導者崇拝を学生たちに植え付けるような内容に変わっていく。
さらに、1965年の日韓基本条約の締結、韓国の経済発展と民主化、社会主義体制の崩壊による冷戦の終焉などを経た頃には、朝鮮の経済停滞と貧困、甚だしい人権抑圧の実態が日本にも伝えられるようになる。「苦難の行軍」 といわれる1990年代の飢餓の時代には、在日朝鮮人帰国者の多くが疾病や飢餓によって犠牲となり、ジニのハラボジ(おじいさん、祖父)も悲劇の死を遂げたことが示唆される。
そもそも在日朝鮮人は朝鮮でも差別や嫉妬の対象であったが、北への多額の送金をいとわない親族が日本にいる場合は、厚遇され日本への出国も許された。まさにその地はジニの表現を借りれば 「人の命をお金と交換できる」 国となっていた。
一人の少女がした革命とは、一体何だったのでしょう? 彼女がした覚悟とは? その勇気に、読むうち段々と自分の心の狭量に嫌気が差してくるのは、私ばかりのことなのでしょうか。
※この作品は群像新人文学賞の他に、第33回織田作之助賞、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。併せて2016年上半期の芥川賞候補にもなっています。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆崔 実
1985年生まれ、東京都在住。
作品 本作で第59回群像新人文学賞を受賞。
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