『国境』(黒川博行)_書評という名の読書感想文(その1)

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『国境』(黒川博行), 作家別(か行), 書評(か行), 黒川博行

『国境』(その1)黒川 博行 講談社 2001年10月30日第一刷

建設コンサルタントの二宮と暴力団二蝶会幹部の桑原、浪花の最強コンビが帰ってきました。

前作の『疫病神』から1年後。二宮と桑原の腐れ縁コンビは、なんと名古屋空港から北朝鮮へ向かう高麗民空KOR652便に搭乗しています。シリーズの第2弾は、二人の地元関西を離れて、日本からは近くて遠い《地上の楽園》、北朝鮮へと舞台を移します。

黒川博行は2作目の舞台として、敢えて事情がよく分からない未知なる土地を選びました。その決意が並々ならぬものであったことは、巻末に掲載された膨大な参考文献だけみても容易に察することができます。その労力にひたすら感じ入るばかりです。

従来のリアリティにさらに磨きがかかり、読者が一廉の北朝鮮通になれるくらいの情報に溢れています。灰色一色の平壌の街並みを、まるで二人と一緒に歩いているような臨場感に興奮します。整然すぎて、人の息づく気配が希薄なこの街から追跡劇は始まります。

二人の渡航目的は、在日朝鮮人の趙成根(ソングン)を捕まえるためでした。二宮は奈良の重機リース会社・村居商会に趙を紹介し、中古重機1,200万円分を斡旋したのですが、趙は代金を決済しないまま連絡を絶ちます。二宮は、暴力団の企業舎弟である村居商会から無茶な弁済を迫られて弱っています。

一方桑原の目的は、二蝶会の若頭・嶋田の命令で趙にケジメをとることでした。北朝鮮貿易外交部が元山のホテルにカジノを造るという投資話に乗せられて、嶋田は趙に3,000万円の大金を預けていたのです。趙は同じ手口で神戸川坂会系と真湊会系の組から総額10億円以上の現金を集めていましたが、投資話は架空で全くのイカサマだったのです。

極道を騙して、身辺が危うくなった趙は北朝鮮に高飛びしたというわけです。趙は、朝鮮労働党幹部の庇護下にあります。いかなイケイケの桑原と言えども、日本にいるようには行きません。どこへ行くにも監視役の案内人が同行し、そもそも自由時間がありません。4泊5日のパックツアーは、一日の予定がびっしり組まれていて思うように動けないのです。

タイやフィリピンならともかく、北朝鮮は不自由極まりない国でした。ホテルの部屋では盗聴器の心配をし、勝手に一人で行動すると即座に社会安全員(北朝鮮の警察)に拘束されます。タクシーは予約制、見学するのは見栄えのする、相手が見せたい建物ばかりです。

そんな中、通訳の柳井の手助けもあって二人は趙の潜伏先を突きとめて、捕まえる寸前まで追い込むのですが、あと一歩のところで取り逃がしてしまいます。趙は、羅津・先鋒にある経済特区を目指して、平壌駅から列車に飛び乗ったのでした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
羅津・先鋒は咸鏡北道の北の果て、平壌からは直線距離にして約500km・・。北朝鮮での追跡劇は、一旦ここで幕を閉じます。

日本へ戻った二人は、一連の詐欺事件の背景を調べます。趙成根は「新興国際貿易社の営業部長」として二宮と出会い、二蝶会の嶋田に嘘の投資話を持ち掛けたのでした。二宮と桑原は、時を違えて新興国際貿易社を訪ねます。この物語の発端となる場面です。

竹村正一は趙のパートナーで、北朝鮮担当の責任者というふれこみです。竹村の背後には、石井利夫という66歳の男。竹村と石井は、金地金詐欺で世間を騒がせた豊田商事の残党でした。竹村は行方不明、石井は神戸市の震災復興住宅で独り暮らしの身です。

趙の正体は所謂〈引き屋〉、商品取り込み詐欺でブツをパクるのが専門で、「新興国際貿易社」は〈当座屋〉が斡旋した休眠会社、ダミー会社だったのです。趙は村居商会から騙し取った重機を北朝鮮の政府に献上し、その見返りで党と軍が趙を匿っていたわけです。

帰国直後、二宮は奈良の大江総業という組からいらぬ疑いをかけられて、またまた怖い思いをします。”誘拐” されそうになり、それを救ったのが従妹の悠紀でした。実は、大江総業の池内も、趙が騙し取った10億を横から掠め取ろうと算段しています。

二宮の父・孝之の元愛人・高山淑子や淑子の知人で焼肉店のオーナー・永田からの話は、再渡航を目論む二宮と桑原にとって大いに参考となるものでした。特に永田は、吉林省から豆満江を渡り、羅津・先鋒の経済特区へ2度も行ったことがあると言います。

永田の話は、詳細を極めます。ここはおそらく読者に対する事前学習の意味も含めて、細大漏らさず羅津・先鋒までの行程が語られますが、それは決して平坦なものではありません。まして永田の話は、正式な招請状を持った上でのことです。

今の二人には、のんびりといつ発給されるか知れない招請状を待つ時間はありません。桑原は、通訳の柳井に延吉までのチケットを手配するよう二宮に命じます。桑原は合法的に羅津・先鋒に行くことに、すでにに見切りをつけています。

楽しみやのう。わしとおまえで国境破りや」・・・・・・・桑原は、声をあげて笑うのでした。

この続きは『国境』(その2)

この本を読んでみてください係数 95/100


◆黒川 博行
1949年愛媛県今治市生まれ。6歳の頃に大阪に移り住み、現在大阪府羽曳野市在住。
京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。妻は日本画家の黒川雅子。
スーパーの社員、高校の美術教師を経て、専業作家。無類のギャンブル好き。

作品 「二度のお別れ」「雨に殺せば」「キャッツアイころがった」「カウント・プラン」「絵が殺した」「疫病神」「悪果」「文福茶釜」「暗礁」「螻蛄」「破門」「後妻業」他多数

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