『つみびと』(山田詠美)_書評という名の読書感想文
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『つみびと』(山田詠美), 作家別(や行), 山田詠美, 書評(た行)
『つみびと』山田 詠美 中央公論新社 2019年5月25日初版
灼熱の夏、彼女はなぜ幼な子二人を置き去りにしたのか。
追い詰められた母親。死に行く子供たち。痛ましい事件の深層に、何があったのか。
本当に罪深いのは、誰なのか。フィクションでしか書けない 〈現実〉 がある。虐げられる者たちの心理に深く分け入る迫真の長編小説。(中央公論新社)
山田詠美の新刊 『つみびと』 を読みました。
表紙の下段に “SINNERS” とあります。(宗教・道徳上の) 罪人つみびとを意味する “SINNER” に “S” が付けてあります。そこを見逃してはなりません。真に罪深いのは誰なのか - この小説ではそれを問おうとしています。
物語の背景には、過去に起こったこんな事件があります。
2010年、夏のことでした。当時3歳になる女の子と1歳9ヶ月の男の子が、大阪市西区にあるマンションの一室で発見されます。二人は猛暑の中、服を脱ぎ、重なるようにして死んでいたのでした。
母親は風俗店のマットヘルス嬢。二人の子供を放置して男と遊び回り、その様子をSNSに発信したりしていたといいます。
7月30日、「部屋から異臭がする」 との通報で駆け付けた警察が2児の遺体を発見。死後1ヶ月程が経っていました。
同日、風俗店に勤務していた母親 (当時23歳) が死体遺棄容疑で逮捕され、後に殺人容疑で再逮捕されることになります。
逮捕された母親は三重県四日市市に生まれた。両親の離婚などで中学生時代は家出を何度も繰り返していた。この頃、逮捕された母親の父が、高校スポーツの指導者としてニュースの特集に出たことがあり、その当時中学生だった逮捕された母親に対して、福澤朗 (TVでよく見るニュースキャスター) が家に帰るよう促したことがある。2006年12月、当時大学生だった男性 (その後大学を辞め就職する) と結婚。2007年5月、20歳になった直後に長女を出産。2008年10月に長男を出産し、2009年5月に離婚した。
母親は離婚後大阪市西区のマンション (母親の勤務先である風俗店が賃借していた物件、投資用ワンルームマンション) に移ったが、子供の世話をしなくなっていた。この時子供を残し、わずかな食料を置き交際相手と過ごすようになり長期間家を空けることもあった。
2010年6月9日頃、居間の扉に粘着テープを張った上に玄関に鍵をかけて2児を自宅に閉じ込めて放置し、同月下旬ごろに餓死させた。
7月29日、勤務先の上司から 「異臭がする」 との連絡を受け、約50日ぶりに帰宅した際に子供の死亡を確認した。死亡を確認した母親は 「子供たちほったらかしで地元に帰ったんだ。それから怖くなって帰ってなかったの。今日1ヶ月ぶりに帰ったら、当然の結果だった」 と上司にメールするも、その後はそのまま交際相手と遊びに出かけてホテルに宿泊し、翌7月30日に逮捕されるまで過ごしていた。(wikipediaより)
小説は、おおむね現実の事件そのままに語られてゆきます。但し、事件そのものよりは、読むべきは - 書いてあるのは “当事者たち” が語るその時々の心情に他なりません。
母・琴音の、娘・蓮音の、そして 〈小さき者たち〉 として綴られる蓮音の息子・桃太の、その果てのない無力感こそを思うべきだろうと。特に死に逝く子供の一人・桃太の独白こそは、おそらくは幾千もの慟哭を誘い余りあることでしょう。
もしもそれが我が子だったらと。最後の最後まで母を母と信じたその健気さに。死に逝く間際まで、自分よりもなお幼い妹を案じ続けたその純心に。なぜ二人は死ななければならなかったのだろうかと - 。
※小説では 「鬼」 と呼ばれ、育児放棄の末に二人の子供を餓死させた母親が、笹谷蓮音。死んだ蓮音の二人の子供が、桃太と萌音 (現実は姉と弟ですが、小説では兄と妹になっています)。桃太と萌音の父=蓮音の夫が、松山音吉。音吉は大学を辞め、蓮音と結婚します。
蓮音の母・下田琴音の夫が、笹谷隆史。笹谷は “超” が付くほど真面目な “指導者” で、学校だけではなくその性向は家庭においても同様に発揮されます。
物語は、蓮音の母・琴音の語りから始まってゆきます。琴音は、世間から 「娘が娘なら、母親もまた母親だ」 と揶揄されるような人物です。琴音は蓮音を含む三人の子供を捨て、家を出ています。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆山田 詠美
1959年東京都板橋区生まれ。
明治大学日本文学科中退。
作品 「僕は勉強ができない」「蝶々の纏足・風葬の教室」「ソウル・ミュージック ラバーズ・オンリー」「ベッドタイムアイズ」「色彩の息子」「学問」「風味絶佳」他多数
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