『人間失格』(太宰治)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/09 『人間失格』(太宰治), 作家別(た行), 太宰治, 書評(な行)

『人間失格』太宰 治 新潮文庫 2019年4月25日202刷

「恥の多い生涯を送って来ました」。そんな身もふたもない告白から男の手記は始まる。男は自分を偽り、取り返しようのない過ちを犯し、「失格」 の判定を自らにくだす。でも、男が不在になると、彼を懐かしんで、ある女性は語るのだ。「とても素直で、よく気がきいて (中略) 神様みたいないい子でした」 と。ひとがひととして、ひとと生きる意味を問う、太宰治、捨て身の問題作。(新潮文庫)

太宰治の 『人間失格』 を読みました。

読んで強く感じたのは、彼の “捨て身” の人生についてではありません。そうならざるを得なかった、終生変わらぬ彼の “性分” のことです。

何不自由のない家に生まれ、美麗で、図抜けて優秀な頭脳を持ちながら、それらを全否定するような彼の生き様の苛烈さに人は何を感じ取るのでしょう? 

彼は全身全霊で道化を演じます。生きるが為、それより他に処する術がないからです。もしもバレたとしたら、彼は死のうとまで考えます。

なのに、人は勝手に勘違いします。好きでしているんだろうと。そんなことが普通にできるおまえが羨ましいなどとも。したくてしたことなど一度たりともないのに、です。

おそらく多くは、そうした方がその場がまるく収まると思い、したまでのことでした。そう言った方が人が想像する自分に近いのだろうと、予測して言ったまでのことです。ところが、人はそれに気付きません。気付こうともしません。

ゆえに、知らず知らずのうちに、それが彼という人間の “性分” になってしまいます。するともういけません。外に出口が見当たらなくなります。

人間失格について

・・・・・・・ 竹一という友人に道化の陰にかくした自分の本質を見抜かれた衝撃や、陰惨な自画像を描いてしまったくだりは、さすがに迫力がある。作者はこのような主人公を設定することにより、社会の既成の価値観や倫理を原質状態に還元させ、その本質をあらわにさせる。

「第三の手記」 は、この主人公が、自己にあくまでも真実でありながら、人間に対し愛と信頼を求めようとし、そのために人間社会から葬られ、敗北して行く過程を描いている。その敗北の過程を、疎外された人間の目を通して、普通の人には見えない社会の偽りを、人間の隠された本質的な悪を浮き彫りにして行く。

堀木やヒラメという生涯の敵である、善人の、世間人の皮を被った悪人の本質がはっきりと読者の目にも見えてくる。ケチ、偽善、エゴイズム、卑しさ、意識せざる暴力、それら俗世間の醜さが主人公の目を通して奇怪な陰画のように定着される。

一緒に入水したツネ子の持つ秋のような寂しい雰囲気、ヒラメ親子のわびしい生活、シヅ子親子のつつましやかな幸福、青葉の滝のようなヨシ子の無垢な処女性の美しさ、これらはぼくの心に水のように深く沁み入ってくる。

けれどこの美しさは、太宰の魂の美しさは、すべて挫折する。2・26事件の夜、「ここは御国を何百里」 と歌いながら、雪の上に喀血する場面に、心弱く、貧しく美しい日陰者と敗北者と共に歩む、主人公の、いや太宰のかなしさの極限が表現されている。(解説 P177.178)

※本年9月13日(金)、小栗旬主演、監督:蜷川実花で映画 『人間失格 太宰治と3人の女たち』 が公開されます。映画ではこの小説が誕生するまでの太宰の人生と恋が描かれています。

[参考]


太宰治は敗戦によっても毫も変わらない人間のエゴイズム、けちくささ、古さに絶望する。そして自分の中にある古さ、けちくささ、エゴイズムをえぐり出し、徹底的に批判、否定することによって、世の中の古さ、けちくささ、悪、偽善を撃とうと決意する。すべての既成道徳をひっくり返し、「家庭の幸福は諸悪の基」 「子供よりも親が大事」 「義のため遊ぶ」 など道徳的価値を転換させるすさまじいたたかいを開始する。

それはぼくたちの中にある卑怯さ、醜さに鋭くつきささる。真の革命のためには、もっともっと美しい滅亡が必要なのだと、古き美しさの挽歌であり、恋と革命とに生きる新しい人間の出発を模索した長編 『斜陽』 を書く。『斜陽』 は太宰文学の集大成と言える。
(中略)
この作品により太宰治は一躍流行作家になったが、戦後の人間や社会に対する太宰の絶望はいよいよ深くなり、死を賭して自己の内部をえぐり、現代人の精神の苦悩を、真実を探求、告白する 『人間失格』 を書く。ここで太宰治は現代において真に人間的に生きようとすれば、その人間は人間の資格を剥奪され、破滅せざるを得ないというおそろしい真実を描いているのだ。

『人間失格』 は常に読者への奉仕、読者をよろこばせ、たのしまそうとつとめてきた太宰治が、はじめて自分のためにだけ書いた作品であり、内面的真実の精神的自叙伝である。ここで太宰治はぎりぎりまで、自己の主観的真実を告白している。(同解説 P163.164)

この本を読んでみてください係数 85/100

◆太宰 治
1909年青森県金木村 (現・五所川原市金木町) 生まれ。1948年、没。
東京大学仏文科中退。

作品 「晩年」「富嶽百景」「走れメロス」「津軽」「ヴィヨンの妻」「斜陽」他多数

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