『あなたの不幸は蜜の味』(辻村深月ほか)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/09
『あなたの不幸は蜜の味』(辻村深月ほか), 作家別(た行), 書評(あ行), 辻村深月
『あなたの不幸は蜜の味』辻村深月ほか PHP文芸文庫 2019年7月19日第1版
ある地方都市で起きた放火事件を通して、自意識過剰な人間の滑稽さを見つめた 「石蕗南地区の放火」、過食に走った美人の姉と、姉に歪んだ優越感を覚える妹の姿が鬼気迫る 「贅肉」。また、事故死したはずの兄が生きているのではないかと疑いを抱いた妹の葛藤を描く 「おたすけぶち」 など、読んで心がざわつく、後味が悪いミステリー。人気の女性作家六人の、結末が衝撃的な作品を収録したアンソロジー。(PHP文芸文庫)
[収録作品]
1.石蕗(つわぶき)南地区の放火
2.贅 肉
3.エトワール
4.実 家
5.祝 辞
6.おたすけぶち 以上6作品
第3話 「エトワール」 沼田まほかる
くるぶしのせいで恋に落ちた、と吉澤は言っていた。そんなことが閃くように思い出されて、私は信号が青になったのに発車せず、またクラクションを浴びせられた。
雨の降りしきる夏の朝、店に出勤してきた奈緒子が屈んで、濡れたソックスをくるりと剥いだ。白く硬いくるぶしの陰翳にハッとして、見てはいけないもののように目を逸らす。その瞬間の若い吉澤の心に、奈緒子という女は深々と入り込んだのだった。
語り手の私は、職場の上司の吉澤と不倫の関係にある。吉澤は、妻の奈緒子と離婚するといい、私と一緒に暮らし始める。だが、周囲に奈緒子の姿がちらつくことで、しだいに私は追いつめられていくのだった。
略奪愛で幸せになるはずの私が、奈緒子の姿や影に怯えて、どんどん常軌を逸していく。この過程を作者は、恐ろしいほどリアルに活写する。その果てに現れる、ある事実がさらに恐ろしい。必要最小限の登場人物で、これほど狂気に満ちたストーリーを創れるとは! 読者の気持ちを巧みに誘導し、イヤな場所まで連れていく、作者の手腕が鮮やかなのだ。(解説より)
私は奈緒子に叶わない - その思いは、日を追うごとに強くなっていきます。吉澤と二人でいても安らぐことがありません。むしろ疑心暗鬼が募ります。私に向けて吉澤は、わざとのように奈緒子のことを話題にします。
濡れたソックスを脱いで密やかなくるぶしを吉澤の視線にさらした、もしかしたらそれさえも奈緒子の企みではなかったか。そんな気がしてくる。
私の、奈緒子に対する激しい嫉妬と憎悪は止むことがありません。何かにつけ今も奈緒子を庇う吉澤に、遂に私が切れると、
「奈緒子という女はね」 吉澤はまっすぐに前方を見ていた。
「いないんだ」
「え、何が? 」
「奈緒子は死んだ母の名だ。僕には妻はいない。奈緒子は存在しないんだよ」(太字は全て本文より)
と言ったのでした。
※途中で車に轢かれて死にかけた猫の話が出てきます。下半身はぺちゃんこで、かろうじて目を開けている猫を救ったのは奈緒子でした。彼女は一体どんな方法で猫を救ったのでしょう? 読むと必ず、気持ち悪くなります。吐くかもしれません。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆辻村深月
小池真理子
沼田まほかる
新美きよみ
乃南アサ
宮部みゆき
関連記事
-
『さんかく』(千早茜)_なにが “未満” なものか!?
『さんかく』千早 茜 祥伝社 2019年11月10日初版 「おいしいね」 を分けあ
-
『夫の墓には入りません』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文
『夫の墓には入りません』垣谷 美雨 中公文庫 2019年1月25日初版 どうして悲し
-
『永遠についての証明』(岩井圭也)_書評という名の読書感想文
『永遠についての証明』岩井 圭也 角川文庫 2022年1月25日初版 圧倒的 「数
-
『廃墟の白墨』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文
『廃墟の白墨』遠田 潤子 光文社文庫 2022年3月20日初版 今夜 「王国」 に
-
『モナドの領域』(筒井康隆)_書評という名の読書感想文
『モナドの領域』筒井 康隆 新潮文庫 2023年1月1日発行 「わが最高傑作 にし
-
『アポロンの嘲笑』(中山七里)_書評という名の読書感想文
『アポロンの嘲笑』中山 七里 集英社文庫 2022年6月6日第7刷 東日本大震災直
-
『ウィメンズマラソン』(坂井希久子)_書評という名の読書感想文
『ウィメンズマラソン』坂井 希久子 ハルキ文庫 2016年2月18日第一刷 岸峰子、30歳。シ
-
『あなたの本当の人生は』(大島真寿美)_書評という名の読書感想文
『あなたの本当の人生は』大島 真寿美 文春文庫 2019年8月1日第2刷 「書くこ
-
『噂』(荻原浩)_書評という名の読書感想文
『噂』荻原 浩 新潮文庫 2018年7月10日31刷 「レインマンが出没して、女の子の足首を切っち
-
『セイジ』(辻内智貴)_書評という名の読書感想文
『セイジ』 辻内 智貴 筑摩書房 2002年2月20日初版 『セイジ』 が刊行されたとき、辻内智