『五つ数えれば三日月が』(李琴峰)_書評という名の読書感想文

『五つ数えれば三日月が』李 琴峰 文藝春秋 2019年7月30日第1刷

五つ数えれば三日月が

日本で働く台湾人の私、台湾に渡った友人の実桜。平成最後の夏の日、二人は東京で再会する。
話す言葉、住む国 - 選び取ってきたその先に、今だから伝えたい思いがある。募る思い、人を愛するということ。そのかけがえのなさを繊細に描き出す21世紀の越境文学。(文藝春秋)

第161回芥川賞候補作 『五つ数えれば三日月が』 を読みました。

台湾のことは割と好きで (何度か行ったことがあります)、だから読んでみようと。その期待の、半分は当たりました。

二つある舞台の一つが台湾で、台湾で結婚した実桜の暮らしは (あたり前ですが) 日本のそれとはまるで違うのですが、彼女は存外そこでの暮らしに溶け込んでいます。台湾特有の古くからの慣習にもさほど拘ってはいない風に見受けられます。

それは日本で働く台湾人の林妤梅 (リンユーメイ) にも言えることで、現在の実桜の状況とは大きく違い、彼女は日本の大学院を修了した後、新卒採用で東京の信託銀行に営業職として就職し、今は法人に向けた金融商品の拡販に躍起になっています。

実桜も、妤梅も、自分が自分で選んだ運命故、それを粛々と受け止め、また受け入れてもいます。それは確かなことですが、にもかかわらず、二人は時として今の自分がわからなくなります。知り合い一人いない異国の地で、一体自分は何がしたいのだろう、どうなりたいのだろうと。

李作は(この作品は)、台湾から日本の大学院に進学し日本の銀行に就職した 「私」 と、中国留学経験があり日本語教師として台湾へ渡った浅羽実桜の再会を描く。大学院で知り合った二人は、卒業を境に母国を入れ替えるように道を分かち、5年ぶりに再会したのだ。「私」 は実桜に思いを寄せているが、実桜は台湾人と結婚した。5年の空白は、同性愛の揺らぎに、異文化に身を置いたがゆえの二人のアイデンティティの揺らぎを重ねて、「私」 に思いの遣り場を見失わせる。(週刊新潮レビューより抜粋)

同性愛? そんなことはどこにも書いてありません。そう言われて初めて気付くのは、土台私が鈍感だからでしょうか。

私はてっきり、違うことを考えながら読んでいました。台湾で暮らすと決めた実桜の覚悟。日本で働く 「私」=妤梅 の覚悟。二人がした覚悟に大きな違いがあるのだろうか、ないのだろうかと。

「私」= 妤梅 が思う、こんな文章があります。5年ぶりに再会し、食事をしている最中のことです。「私」 は実桜に、「実桜ちゃんは、結婚してみて、どう思う? 」 と訊いたのでした。そして 「私」 は、そんな質問をした自分を強く後悔します。

実桜は幸せそうに過ごしている。優しい夫と、気を遣ってくれている新しい家族と一緒に暮らしている。不安定なところもあるけれど、平穏な日々を送っている。それで大丈夫、とは思う。きっとそれでいい、とも思う。でもやはり寂しかった。その寂しさはきっと、実桜の幸福を素直に喜べない自分のひねくれた性格に由来するものだ。自分は何故実桜にそんな質問をしたのだろう。答えは明白だった。私は僅かながら実桜に期待していた。求めていた。会社の男達が私に 「結婚できない可哀そうな女」 という幻想を見出そうとするように、私もまた実桜に、「結婚して自由を奪われた可哀そうな女」 という虚像を求めていた。きっとそんな虚像を見て助かろうとしていたのだ。(本文 P52.53より)

この 「私」= 妤梅 の独白をあなたはどう理解するのでしょう? 彼女は、実は今の仕事にかなり苦労しています。当初彼女が日本の職場に描いた理想と大きく異なる現状を前にして 「こんなはずではなかった」 という彼女の思いと裏腹に、実桜は確実に台湾に根を下ろし不足なく生きている - その落差ゆえ、つい口にした弱音ではないのかと。

この本を読んでみてください係数 85/100

五つ数えれば三日月が

◆李 琴峰(り・ことみ)
1989年台湾生まれ。
2013年来日、早稲田大学大学院修士課程入学。

作品 2017年、「独舞」 で群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。著書に 『独り舞』(講談社) がある。

関連記事

『葦の浮船 新装版』(松本清張)_書評という名の読書感想文

『葦の浮船 新装版』松本 清張 角川文庫 2021年6月25日改版初版発行 葦の浮船 新装版

記事を読む

『悪寒』(伊岡瞬)_啓文堂書店文庫大賞ほか全国書店で続々第1位

『悪寒』伊岡 瞬 集英社文庫 2019年10月22日第6刷 悪寒 (集英社文庫) 男は

記事を読む

『秋山善吉工務店』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『秋山善吉工務店』中山 七里 光文社文庫 2019年8月20日初版 秋山善吉工務店 (光文社

記事を読む

『悪徳の輪舞曲(ロンド)』(中山七里)_シリーズ最高傑作を見逃すな!

『悪徳の輪舞曲(ロンド)』中山 七里 講談社文庫 2019年11月14日第1刷 悪徳の輪舞曲

記事を読む

『アニーの冷たい朝』(黒川博行)_黒川最初期の作品。猟奇を味わう。

『アニーの冷たい朝』黒川 博行 角川文庫 2020年4月25日初版 アニーの冷たい朝 (角川

記事を読む

『青くて痛くて脆い』(住野よる)_書評という名の読書感想文

『青くて痛くて脆い』住野 よる 角川書店 2018年3月2日初版 青くて痛くて脆い 『君の膵臓をた

記事を読む

『悪の血』(草凪優)_書評という名の読書感想文

『悪の血』草凪 優 祥伝社文庫 2020年4月20日初版 悪の血 (祥伝社文庫) 和翔

記事を読む

『R.S.ヴィラセリョール』(乙川優三郎)_書評という名の読書感想文

『R.S.ヴィラセリョール』乙川 優三郎 新潮社 2017年3月30日発行 R.S.ヴィラセニ

記事を読む

『逢魔が時に会いましょう』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『逢魔が時に会いましょう』荻原 浩 集英社文庫 2018年11月7日第2刷 逢魔が時に会いま

記事を読む

『AX アックス』(伊坂幸太郎)_恐妻家の父に殺し屋は似合わない

『AX アックス』伊坂 幸太郎 角川文庫 2020年2月20日初版 AX アックス (角川文

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『夜に星を放つ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『夜に星を放つ』窪 美澄 文藝春秋 2022年7月30日第2刷発行

『生命式』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『生命式』村田 沙耶香 河出文庫 2022年5月20日初版発行

『中尉』(古処誠二)_書評という名の読書感想文

『中尉』古処 誠二 角川文庫 2017年7月25日初版発行

『犬のかたちをしているもの』(高瀬隼子)_書評という名の読書感想文

『犬のかたちをしているもの』高瀬 隼子 集英社文庫 2022年9月1

『殺人者』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『殺人者』望月 諒子 新潮文庫 2022年11月1日発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑