『私に付け足されるもの』(長嶋有)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/09 『私に付け足されるもの』(長嶋有), 作家別(な行), 書評(わ行), 長嶋有

『私に付け足されるもの』長嶋 有 徳間書店 2018年12月31日初版

芥川賞、大江健三郎賞、谷崎潤一郎賞作家が贈る充実の12作品

トラに襲われたい。
くっつけたい。
あきらめたい。
地面を掘りたい。
移動したい。
いなくなってほしい。
一緒に日食が見たい。

- これは、くだらないのに難しい、願望の話。

【収録作品】
四十歳
白竜
Mr.セメントによろしく
どかない猫
潜行するガール
桃子のワープ
ムーンライト
雨漏りの音
先駆者の最後の黒
Gのシニフィエ・シニフィアン
瀬名川蓮子に付け足されるもの
そういう歌           - アマゾン内容紹介より

何やら思わせぶりなタイトルである。私に 「付け足されるもの」 とは何だろう? 書店のおススメ本にもなっていて、前から気にはなっていた。で、やっと読む気になった。

書いてあることの大方は愚にも付かない、取るに足らない些末な事だ。誰しも似たようなことがあるにはあるが、大抵はその場限りで忘れてしまうような、なかったことにしてやり過ごしてしまうような。概して後を引かない。深く掘り下げたりもしない。

ところが、いるのだ。思いのほか後を引き、思う以上に掘り下げてしまう人というのが。人生40年も生きれば、思い通りにならないことの方が多いに違いない。純なままでは生きられない。あることないことが付け足され、やがて、もとの自分と区分けがつかなくなってしまう。

桃子の背負うリュックは大きい。警棒のような誘導灯だけでない、ヘルメット、反射材のラインの入ったベストに手袋、支給された道具がほぼすべて入っている (家でにぎったおにぎりのサーモスもだ)。行った先に更衣室がないのだから、着替えが難しいのだとバイトの初日に気付いたが、それからは作業着姿で家を出るのにも慣れてしまった。濃紺の作業着姿は周囲から奇異にみえるだろうが、胸の反射材さえ外していれば、誰からも見咎められない。
本来、四十歳を過ぎた女が選ぶ仕事ではないのかもしれない。だが勤め始めて三ヶ月、桃子はこの仕事を気に入っていた。一日ずっと働き通した後は、臭い出す靴下をすぐに取り換えたくなるものの。
勤めてみるまで、この仕事を自分が気に入ると思っていなかった。意外だった。
たとえばこうして突然、よく知らない街の坂道を自分が下っている、そのことが仕事の面白みに関わっている。
自分の思い入れとか興味や目的とまるで無関係に行く先が定められる。「道路を補修したい」 だとか 「建設現場にダンプカーで資材を搬入したい」 といった、顔のみえないどこかの誰かの欲求に従って、知らない街の知らない道路に立って棒をふる仕事だ。
もっとも、自分ではない誰かの欲求と言い切ってしまうと、それは正しくない。全国どこの道もしかるべき補修を受け、安全に運行され続けていることは - 普段そんなことを意識していないとはいえ - 桃子の願うところではないかといえば、そんなこともないわけだ。
とにかく、前の週とか前日に突然告げられて、自分の興味とは無関係の行き先にいきなり向かう。
そんな風な 「移動」 を桃子はこれまでの人生で、したことがなかった。
風の向くまま気の向くまま。終電車にぶらり飛び乗って。ヒット曲で歌われるようなことを、自分は今、しているみたいだ。
全然、違うのだが。(第6話 「桃子のワープ」 より)

桃子は、交通誘導員の仕事をするのに欠かせない 「移動の感じ」 がいいと思っている。。彼女の 「本来」 の人生とはまた別の、この仕事をかなり気に入っている。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆長嶋 有
1972年埼玉県草加市生まれ。
東洋大学第2部文学部国文学科卒業。

作品 「サイドカーに犬」「猛スピードで母は」「夕子ちゃんの近道」「タンノイのエジンバラ」「ジャージの二人」「佐渡の三人」「泣かない女はいない」「問いのない答え」他多数

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