『検事の信義』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文
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『検事の信義』(柚月裕子), 作家別(や行), 書評(か行), 柚月裕子
『検事の信義』柚月 裕子 角川書店 2019年4月20日初版
累計40万部突破 「佐方貞人」 シリーズ 6年ぶりの最新刊! 孤高の検事の男気と執念を描いた、心ふるわすリーガル・ミステリー!!
任官5年目の検事・佐方貞人は、認知症だった母親を殺害して逮捕された息子・昌平の裁判を担当することになった。昌平は介護疲れから犯行に及んだと自供、事件は解決するかに見えた。しかし佐方は、遺体発見から逮捕まで 「空白の2時間」 があることに疑問を抱く。独自に聞き取りを進めると、やがて見えてきたのは昌平の意外な素顔だった・・・・・・・。(「信義を守る」)
そこで暮らす人を思うと、胸が詰まる思いがします。行き場のない人生に、誰を頼りに、何を支えに生きろというのかと。
家の玄関の横にある住居表示と、手帳に控えてきた昌平の住所を照らし合わせる。間違いない。ここが道塚親子の家だ。
道塚親子の家は、大里町の外れにあった。田圃や畑が多く、家から家までが離れている。
道塚親子の家は、平屋だった。
外観から、なかは狭いとわかる。おそらく、台所と水回りのほかは、六畳か八畳の部屋がふたつ - もしくはそれより狭い部屋がみっつあるくらいだろう。瓦屋根はすっかり色が褪せ、壁も長年の風雨で傷んでいた。
建坪と同じくらいの庭があるが、そう呼ぶには抵抗があった。かつては庭木だったと思しき樹木は枯れ、地面にはいつから置かれているのかわからない、中身が入ったゴミ袋があった。
佐方は、家の横へ回った。ついていく。朽ちた縁台があり、人が出入りできる掃き出し窓があった。窓には、カーテンが引かれている。
佐方が、カーテンのわずかな隙間から、なかを覗いた。後ろにいる増田を振り返り、難しい顔をする。
茶の間と思われる部屋のなかは、家の外に劣らず荒れていた。テーブルのうえには、茶碗や箸が乱雑に置かれている。畳のうえには、丸まった紙や、ミカンの皮、衣類が散乱していた。
壁には、なにかわからない染みと、去年の五月から捲られていないカレンダーがかかっていた。その横に、雑誌の切り抜きのようなものが貼られている。女性のようだ。遠目にも青い衣装を着ているのがわかる。(P177.178 から抜粋)
※この案件は、米崎地検・刑事部に所属する任官十二年目のベテラン検事、矢口史郎から送られてきたものでした。
矢口が作成した昌平の公判引継書には、求刑懲役十年とあります。その理由は、母親である須恵の殺害動機は自分勝手なものであり、須恵を殺害したあと逃亡すら企てた。介護の苦労があったとしても情状酌量の余地はない、と判断したものでした。
刑事部が認定した情状や求刑に、(佐方が所属する) 公判部が異議を唱えるというケースはほとんどありません。そこに疑問を呈することは、案件をあげてきた検事の判断を疑うことになります。ひいては、地検内部に摩擦を生むことにもなり兼ねません。
矢口は検事としてキャリアが長く、気難しいと評判の人物で、一方の佐方は任官してまだ五年目の、おそらく矢口にすればひよっこ検事の一人に過ぎません。
その佐方が、異議を唱えようとしています。普通なら行くこともない現場に繰り返し出かけては、矢口が見落とした何事かの片鱗を見つけ出そうとしています。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆柚月 裕子
1968年岩手県生まれ。
作品 「臨床真理」「盤上の向日葵」「最後の証人」「検事の本懐」「検事の死命」「朽ちないサクラ」「ウツボカズラの甘い息」「孤狼の血」他多数
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