『血縁』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/09 『血縁』(長岡弘樹), 作家別(な行), 書評(か行), 長岡弘樹

『血縁』長岡 弘樹 集英社文庫 2019年9月25日第1刷

コンビニの店員が男にナイフを突きつけられるなか、電話の音が響いた。【でていいか】 店長が差し出したメモを見ても、男はなぜか何も答えなかった -(「文字盤」)。自首という言葉を聞くと、あの出来事が芹沢の頭をよぎる。刑務官が押さなければならない3つのボタン - (「ラストストロー」)。など7編。家族とは、いったい何か? 短編ミステリーの名手が放つ、情感豊かな犯罪小説集。(集英社文庫)

内容とはまるで違うのですが、この小説を読み終えた矢先に起こったことで、ふとそれを書いてみようと思いました。

突然のことだったのですが、妻の従弟が亡くなりました。41歳でした。大工だった彼は男ばかり3人兄弟の次男で、早くに結婚し、女の子が二人いました。

数年前、彼は大工にとって致命的な傷を負います。仕事中に屋根から転落し、下半身を大きく損傷し、思うように身体が動かなくなってしまいます。生活がままならず、やむなく家族は奥さんの実家に身を寄せることになります。

再起を果たそうと、彼は精一杯努力してリハビリに励みます。しかし身体は元に戻らず、稼ぎのない彼に対し、奥さんの両親からは時に心ない言葉を浴びせられ、やむにやまれず二人は離婚を決意します。三人を残し、彼は自分の実家へ戻ることになります。

その後の亡くなるまでの彼の生活は、日を追って荒んでいったようです。自暴自棄になり、酒に溺れ、酒が入ると父親にも母親にも見境なく暴力を振るうようになります。家の財布から金を抜き、焼酎ばかりを呑んでいたようです。

亡くなる前の晩も同様で、翌朝彼が起き出してこないのを気にした母親が部屋を覗くと、その時彼は既に冷たくなっていたといいます。壁に凭れたままの姿勢で、眠るように亡くなっていたそうです。

突然死故、警察の検死を受け、その後通夜と告別式が営まれました。家族葬ですると決めた斎場はさほど大きくはなかったのですが、通夜の席には彼のかつての仕事仲間や友人が数多く参列してくれました。

彼らは、彼の死をどう受け止めたのでしょう? 彼の無念さ切なさを、どこまで感じてくれたでしょう。通夜の斎場には、棺で眠る彼の顔を撫でながら、「ごめんな、ごめんな」と繰り返し呼びかける別れた元の奥さんの悲痛な声が響きます。彼女の本意を、子どもたちの胸中を、どう察することができたでしょう。

家族って、なんだろう?
私ぐらいの年齢になり、両親をはじめ親族で亡くなる人が増えてくると、亡くなった人のことや子供時代の記憶を共有するのは生きている家族、つまり身内しかいない。そう考えると、家族というのは記憶を共有する場なのだとも思う。そして、生きているといろんな人と出会い、懐かしい人が増えていく。本書の家族は一筋縄ではいかないし、シビアなこともたくさん描かれているけれど、未来に繋がる救いもある。長岡さんの短編は、アイデア重視といえども 「人間味」 も魅力だ。人情や町の風景が脳裏に浮かび、読み終えたときに涙を誘われたりする。
(青木千恵/解説より)

本書にはざまざまな家族の形が登場し、引きこもり、介護、同族会社、格差、親族殺人等、現代社会のあらゆる事象が盛り込まれています。

家族は、必ずしも温かな場所とは限りません。何かの都合でそれは簡単に崩れ去り、時に人に言えない地獄にさえなってしまいます。それでも、家族でいることをやめるわけにはいきません。誰より濃い関係であるからこそ、断ち切るわけにはいかないのです。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆長岡 弘樹
1969年山形県山形市生まれ。
筑波大学第一学群社会学類卒業。

作品 「陽だまりの偽り」「傍聞き」「教場」「教場2 」「線の波紋」「波形の声」「群青のタンデム」「白衣の嘘」他

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