『パレートの誤算』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『パレートの誤算』柚月 裕子 祥伝社文庫 2019年4月20日初版

パレートの誤算 (祥伝社文庫)

ベテランケースワーカーの山川が殺された。新人職員の牧野聡美は彼のあとを継ぎ、生活保護受給世帯を訪問し支援を行うことに。仕事熱心で人望も厚い山川だったが、訪問先のアパートが燃え、焼け跡から撲殺死体で発見されていた。聡美は、受給者を訪ねるうちに山川がヤクザと不適切な関係を持っていた可能性に気付くが・・・・・・・。生活保護の闇に迫る、渾身の社会派ミステリー! (祥伝社文庫)

[概略]
物語は、瀬戸内海に面した人口20万人ほどの静かな港町・津川市役所の一室から幕を開ける。そこでは6月分の生活保護費2000万円が受給者に支給されるべく準備されていた。受給者には支給された金を即ギャンブルに使うような手合いもいる。福祉保健部社会福祉課の中にはそれを口に出して批判する者もいた。入庁1年目の牧野聡美もそうした受給者を嫌悪するひとりだったが、課長の猪又の命令で、先輩の小野寺淳一とともにケースワーカーの仕事をする羽目に。

標準担当世帯数の倍の数を受け持っているという主任の山川亨に励まされ、聡美は小野寺とともに受給者の家を回ってくるが、帰庁早々、消防車が北町方面に走り去るのを目撃。北町の成田地区は山川が担当しており、彼はまだ帰庁していなかった。どうやら火元は山川担当のアパートらしい。聡美は小野寺と現場に駆けつけ、鎮火後、山川が遺体で発見されたらしいことを知る。
現場には津川署刑事課の若林永一郎警部補も臨場していたが、翌朝改めて遺体が山川であることが明らかになる。しかも市役所に若林が現れ、放火殺人の疑いがあると伝えるのだった。(解説より by香山二三郎)

話の続きはさておき、では、そもそものタイトルにある 「パレート」 とは何なのでしょう。「誤算」 とは - (この物語の) 何を暗示しているのでしょう?

同解説によると - パレートは人名。本文ではパレートの法則 として挙げられ、それはイタリアの経済学者が発見した統計モデル と紹介されている。そのパレート氏はフルネームをヴィルフレド・パレートという。1848年生まれの経済学者、社会学者で、パレートの法則は、80対20の法則とも呼ばれていて、ある分野における全体の約8割を、全体の一部である約2割の要素が生み出しているという理論。

社会経済だったら、全体の2割程度の高額所得者が社会全体の8割の所得を占めるとか、マーケティングだったら、2割の商品が8割の売り上げを作るとか言われている」 - とあります。

ここまでなら 「なるほどそういうことか」 で終わります。ところがこれには続きがあって、

- となると、その2割以外は不必要と早合点する向きもあるかもしれない。それは社会的弱者は切り捨てるという安易な結論につながりやすいが、むろん人間社会は、法則や数式で成り立っているものではない」 と結ばれています。

生活保護費の支給のために準備された大金を前にして、新人職員の聡美は思わず息をのみます。やりきれない思いの小野寺は、深い溜め息をつきます。30歳の小野寺は、市役所に勤務して8年。この春に市民課から社会福祉課に異動してきたばかりの職員です。

担当課員とはいえ、小野寺と聡美にとってケースワーカーという仕事はあくまで他人事の、自分がするとは思いもしなかったことでした。それが課長の猪又の命令で、(不本意ながら、あるいは不安を抱えつつ)二人は受給者たちの自宅を一軒一軒訪ねて回ることになります。

小野寺のように、ケースワーカーを嫌がる人間は多い。どのような理由であれ、自活できずに生活保護を受けている人間が、整った環境で暮らしているケースは少ない。(略) - たとえば独身の男性などは、築四、五十年は経ち、配管は錆び、トイレは共同、風呂はなしという、決して住み心地がいいとは言えないアパートに住んでいるケースがほとんどだ。(P17.18)

山川が焼け跡から遺体となって発見されたのは、北町の成田地区にある、まさにそんなアパートの一室からでした。成田といえば古くは遊郭があったところで、パチンコ店が林立し、雀荘やあやしげなマッサージ店が入った雑居ビル、立ち飲みの居酒屋や一杯飲み屋、日雇い労働者用の簡易宿泊施設などがところ狭しと立ち並んでいます。

いわゆるドヤ街で、治安が悪く、警察官ですら一人では巡回しないような地域 - そこで暮らす多くの生活保護費受給者を、山川はたった一人で相手にしていたのでした。

この本を読んでみてください係数 80/100

パレートの誤算 (祥伝社文庫)

◆柚月 裕子
1968年岩手県生まれ。

作品 「臨床真理」「盤上の向日葵」「最後の証人」「検事の本懐」「検事の死命」「検事の信義」「ウツボカズラの甘い息」「朽ちないサクラ」「孤狼の血」他多数

関連記事

『羊と鋼の森』(宮下奈都)_書評という名の読書感想文

『羊と鋼の森』宮下 奈都 文春文庫 2018年2月10日第一刷 羊と鋼の森 (文春文庫) 高

記事を読む

『夜の木の下で』(湯本香樹実)_書評という名の読書感想文

『夜の木の下で』湯本 香樹実 新潮文庫 2017年11月1日発行 夜の木の下で (新潮文庫)

記事を読む

『つみびと』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『つみびと』山田 詠美 中央公論新社 2019年5月25日初版 つみびと (単行本)

記事を読む

『犯人は僕だけが知っている』(松村涼哉)_書評という名の読書感想文

『犯人は僕だけが知っている』松村 涼哉 メディアワークス文庫 2021年12月25日初版

記事を読む

『ボラード病』(吉村萬壱)_書評という名の読書感想文

『ボラード病』吉村 萬壱 文春文庫 2017年2月10日第一刷 ボラード病 (文春文庫) B

記事を読む

『密やかな結晶 新装版』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『密やかな結晶 新装版』小川 洋子 講談社文庫 2020年12月15日第1刷 密やかな結晶 

記事を読む

『バラカ』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『バラカ』桐野 夏生 集英社 2016年2月29日第一刷 バラカ   ア

記事を読む

『ファーストラヴ』(島本理生)_彼女はなぜ、そうしなければならなかったのか。

『ファーストラヴ』島本 理生 文春文庫 2020年2月10日第1刷 ファーストラヴ (文春文

記事を読む

『ぶらんこ乗り』(いしいしんじ)_書評という名の読書感想文

『ぶらんこ乗り』いしい しんじ 新潮文庫 2004年8月1日発行 ぶらんこ乗り &nbs

記事を読む

『ホテル・ピーベリー 〈新装版〉』(近藤史恵)_書評という名の読書感想文

『ホテル・ピーベリー 〈新装版〉』近藤 史恵 双葉文庫 2022年5月15日第1刷

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『生命式』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『生命式』村田 沙耶香 河出文庫 2022年5月20日初版発行

『中尉』(古処誠二)_書評という名の読書感想文

『中尉』古処 誠二 角川文庫 2017年7月25日初版発行

『犬のかたちをしているもの』(高瀬隼子)_書評という名の読書感想文

『犬のかたちをしているもの』高瀬 隼子 集英社文庫 2022年9月1

『殺人者』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『殺人者』望月 諒子 新潮文庫 2022年11月1日発行

『緑の我が家』(小野不由美)_書評という名の読書感想文

『緑の我が家』小野 不由美 角川文庫 2022年10月25日初版発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑