『不時着する流星たち』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/09 『不時着する流星たち』(小川洋子), 作家別(あ行), 小川洋子, 書評(は行)

『不時着する流星たち』小川 洋子 角川文庫 2019年6月25日初版

私はなぜこの人の小説を読みたいと思うのだろう? 読むと大抵は後悔する。理解が及ばないからです。それでも又読みたいと思うのはなぜなんだろう? ほかの作家に無くて、小川洋子にだけある魅力。それはいったい、何なのでしょう。

多くの女性作家の中で、小川洋子はひときわ異彩を放っています。一風変わった小説は、生活感がまるでなく、透明に近いイメージで、読んだ多くの作品がどこの国のことやら、いつの時代のどんな人のことだか、よくはわからないままに読まされている。そんな感じがします。

彼女が書きたいと思うことの原点は何なのか。何が端緒であんな突拍子もない発想が生まれるんだろうと、ずっと考えていました。

そんな疑問に対し、この短篇集に収められた作品群は、大いなるヒントを与えてくれます。これは奇特な著者の、いわば発想の見本市のようなものです。

第一話 「誘拐の女王」 のモチーフは、これです。(以下の文章はいずれも本文とは別に、物語の最後に掲載されています)

Henry Danger ヘンリー・ダーガー (1892 - 1973)
アメリカ、イリノイ州シカゴ生まれ。子どもをさらう悪と戦う、少女戦士たちの長大な絵物語 『非現実の王国で』 を人知れず創作し、誰にも認められないまま、一掃除夫として死去。病気のため救貧院に移る際、ゴミに埋もれた部屋の中から、アパートの大家によってその物語は救い出される。ブレンゲンは子どもたちの幸せを心から願う、王国の怪獣。喉の奥の針から甘い液体を放出し、子どもたちをよみがえらせる。
墓碑には 『子供たちの守護者』 と刻まれている。

第二話 「散歩同盟会長への手紙」 のモチーフが、これです。

Robert Otto Walser ローベルト・ヴァルザー (1878 - 1956)
スイスのビール生まれ。弁護士事務所の事務員、発明家の助手、銀行の見習い、ダムブラウ城の召使など、職を転々としながら散文小品や小説を発表。生涯、散歩を愛し、散歩者の視点で世界を見つめ続けた。作家としての晩年、掌大に切り揃えた紙に、鉛筆で、読み取れないほどの微小文字で執筆した。50歳で精神療養施設に入所。クリスマスの朝、散歩中に雪の上で倒れ、死亡しているのを発見される。

以下、
第三話 「カタツムリの結婚式」/パトリシア・ハイスミス (1921 - 1995) ※『太陽がいっぱい』 などの代表作があるアメリカの作家。カタツムリを偏愛した。
第四話 「臨時実験補助員」/スタンレー・ミルグラム (1933 - 1984) の放置手紙調査法
第五話 「測量」/グレン・グールド (1932 - 1982) ※カナダ生まれのピアニスト。父親特製の極端に低い演奏用の椅子を使い続けた。
第六話 「手違い」/ ヴィヴィアン・マイヤー (1926 - 2009) ※乳母として暮らしつつ、生涯で十万点以上の写真を撮影。死後、その写真が広く知られるようになった。
第七話 「肉詰めピーマンとマットレス」/バルセロナオリンピック・男子バレーボールアメリカ代表 (1992年)
第八話 「若草クラブ」/エリザベス・テイラー (1932 - 2011) ※ロンドン出身のハリウッド大女優。八回結婚したことでも有名。
第九話 「さあ、いい子だ、おいで」/世界最長のホットドッグ
第十話 「十三人きょうだい」/牧野富太郎 (1862 - 1957) ※日本の植物分類学の礎を築いた植物学者。発見した植物に、一度だけ私情を交え、亡妻の名をつけた。

- と続きます。まとめると、超のつく有名人もいれば、一般には知られざる作家、乳母にして写真家、研究者などもいる。この他、放置手紙調査法」 「バルセロナオリンピック・男子バレーボールアメリカ代表」 「世界最長のホットドッグといった歴史的出来事がモデルとなることもある。(解説より)

それぞれの人物あるいは出来事は、あくまでモチーフでありモデルでしかないということ。それを承知で読んだとしても、読むうちあなたは現実とフィクションの境目をいとも容易く見失うことでしよう。

そして、思うはずです。著者がする発想のあまりの奇特さを。彼女の中で、いったいフィクションは、いつ、どのような機構によって起動するのだろう?(同解説中の言葉) と。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆小川 洋子
1962年岡山県岡山市生まれ。
早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。

作品 「揚羽蝶が壊れる時」「妊娠カレンダー」「博士の愛した数式」「沈黙博物館」「ブラフマンの埋葬」「貴婦人Aの蘇生」「ことり」「ホテル・アイリス」「ミーナの行進」他多数

関連記事

『貴婦人Aの蘇生』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『貴婦人Aの蘇生』小川 洋子 朝日文庫 2005年12月30日第一刷 北極グマの剥製に顔をつっこん

記事を読む

『本と鍵の季節』(米澤穂信)_書評という名の読書感想文

『本と鍵の季節』米澤 穂信 集英社 2018年12月20日第一刷 米澤穂信の新刊 『

記事を読む

『ほろびぬ姫』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『ほろびぬ姫』井上 荒野 新潮文庫 2016年6月1日発行 両親を事故で失くしたみさきは19歳で美

記事を読む

『ひと呼んでミツコ』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文

『ひと呼んでミツコ』姫野 カオルコ 集英社文庫 2001年8月25日第一刷 彼女はミツコ。私立薔薇

記事を読む

『でえれえ、やっちもねえ』(岩井志麻子)_書評という名の読書感想文

『でえれえ、やっちもねえ』岩井 志麻子 角川ホラー文庫 2021年6月25日初版

記事を読む

『ポイズンドーター・ホーリーマザー』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『ポイズンドーター・ホーリーマザー』湊 かなえ 光文社文庫 2018年8月20日第一刷 女優の弓香

記事を読む

『ホテルローヤル』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『ホテルローヤル』桜木 紫乃 集英社 2013年1月10日第一刷 「本日開店」は貧乏寺の住職の妻

記事を読む

『ハレルヤ』(保坂和志)_書評という名の読書感想文

『ハレルヤ』保坂 和志 新潮文庫 2022年5月1日発行 この猫は神さまが連れてき

記事を読む

『半自叙伝』(古井由吉)_書評という名の読書感想文

『半自叙伝』古井 由吉 河出文庫 2017年2月20日初版 見た事と見なかったはずの事との境が私に

記事を読む

『風味絶佳』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『風味絶佳』山田 詠美 文芸春秋 2008年5月10日第一刷 70歳の今も真っ赤なカマロを走ら

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

『羊は安らかに草を食み』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『羊は安らかに草を食み』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2024年3月2

『逆転美人』(藤崎翔)_書評という名の読書感想文

『逆転美人』藤崎 翔 双葉文庫 2024年2月13日第15刷 発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑