『儚い羊たちの祝宴』(米澤穂信)_名手が放つ邪悪な五つの物語

公開日: : 最終更新日:2024/01/09 『儚い羊たちの祝宴』(米澤穂信), 作家別(や行), 書評(は行), 米澤穂信

『儚い羊たちの祝宴』米澤 穂信 新潮文庫 2019年6月5日12刷

味わえ、絶対零度の恐怖を。ラストの1行で世界が反転。新世代ミステリの旗手が放つ衝撃の暗黒連作。

夢想家のお嬢様たちが集う読書サークル 「バベルの会」。夏合宿の二日前、会員の丹山吹子の屋敷で惨劇が起こる。翌年も翌々年も同日に吹子の近親者が殺害され、四年目にはさらに凄惨な事件が。優雅な 「バベルの会」 をめぐる邪悪な五つの事件。甘美なまでの語り口が、ともすれば暗い微笑を誘い、最後に明かされる残酷なまでの真実が、脳髄を冷たく痺れさせる。米澤流暗黒ミステリの真骨頂。(新潮社)

目次
・身内に不幸がありまして
・北の館の罪人
・山荘秘聞
・玉野五十鈴の誉れ
・儚い羊たちの晩餐

収録された五篇は、いずれも浮世離れした上流社会を背景としている一応、それぞれ独立した話ではあるものの、バベルの会という読書サークルの存在が、各話をゆるく繋いでいる。しかし、話の内容は甘美というよりは残酷であり、毒々しささえも感じさせる。その意味で、本書の最高傑作は玉野五十鈴の誉れだろう。この話は真相もさることながら、ラスト一行の衝撃が尋常ではなく、読後、引きつった笑いさえこみ上げてくるほどだ。(解説より by千街晶之)

- とあり、(間を空けて) 話はこんな風に続きます。

一方で 儚い羊たちの祝宴の登場人物は、全員が読者の共感を拒むように描かれている。無垢はたやすく邪悪に転換するし、弱者はとことん弱者、俗物はとことん俗物として突き放されている。結末で主人公に救いが与えられる場合であっても、そこには何らかの残虐な行為が必ず代償として用意される。目的のためにはどんな無慈悲な行為も辞さない登場人物たちの、一切迷いを感じさせない奸計合戦。それは、極彩色の人工的背景の前で繰り広げられる、華麗で無邪気で非情な人形劇のようでもあるし、古代や中世の王朝における、あまりに残酷すぎていっそお伽話にも似た宮廷陰謀のようでもある。

読者は純粋に傍観者として、著者が演出した劇を愉しめばいい。読者の感情移入を拒むことによってこそ描ける純粋な悪意というのも、また存在するのである。それは時に、玉野五十鈴の誉れ のラスト一行に代表される黒い笑いへと展開する。

今ある世界のことではないような、あるような。恐怖は、距離を置いた先にあります。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆米澤 穂信
1978年岐阜県生まれ。
金沢大学文学部卒業。

作品「折れた竜骨」「心あたりのある者は」「氷菓」「インシテミル」「追想五断章」「ふたりの距離の概算」「満願」「王とサーカス」「本と鍵の季節」「Iの悲劇」他多数

関連記事

『深い河/ディープ・リバー 新装版』(遠藤周作)_書評という名の読書感想文

『深い河/ディープ・リバー 新装版』遠藤 周作 講談社文庫 2021年5月14日第1刷

記事を読む

『死者のための音楽』(山白朝子)_書評という名の読書感想文

『死者のための音楽』山白 朝子 角川文庫 2013年11月25日初版 [目次]教わ

記事を読む

『タイニーストーリーズ』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『タイニーストーリーズ』山田 詠美 文春文庫 2013年4月10日第一刷 当代随一の書き手がおくる

記事を読む

『風味絶佳』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『風味絶佳』山田 詠美 文芸春秋 2008年5月10日第一刷 70歳の今も真っ赤なカマロを走ら

記事を読む

『僕はただ青空の下で人生の話をしたいだけ』(辻内智貴)_書評という名の読書感想文

『僕はただ青空の下で人生の話をしたいだけ』 辻内智貴 祥伝社 2012年10月20日初版 6年ぶ

記事を読む

『僕のなかの壊れていない部分』(白石一文)_僕には母と呼べる人がいたのだろうか。

『僕のなかの壊れていない部分』白石 一文 文春文庫 2019年11月10日第1刷

記事を読む

『ペインレス 私の痛みを抱いて 上』(天童荒太)_書評という名の読書感想文

『ペインレス 私の痛みを抱いて 上』天童 荒太 新潮文庫 2021年3月1日発行

記事を読む

『ベッドタイムアイズ』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『ベッドタイムアイズ』山田 詠美 河出書房新社 1985年11月25日初版 2 sweet

記事を読む

『ブラックライダー』(東山彰良)_書評という名の読書感想文_その2

『ブラックライダー』(その2)東山 彰良 新潮文庫 2015年11月1日発行 書評は二部構成

記事を読む

『ボーンヤードは語らない』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『ボーンヤードは語らない』市川 憂人 創元推理文庫 2024年6月21日 初版 人気のない

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『連続殺人鬼カエル男 完結編』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『連続殺人鬼カエル男 完結編』中山 七里 宝島社 2024年11月

『雪の花』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『雪の花』吉村 昭 新潮文庫 2024年12月10日 28刷

『歌舞伎町ゲノム 〈ジウ〉サーガ9 』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『歌舞伎町ゲノム 〈ジウ〉サーガ9 』誉田 哲也 中公文庫 2021

『ノワール 硝子の太陽 〈ジウ〉サーガ8 』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ノワール 硝子の太陽 〈ジウ〉サーガ8 』誉田 哲也 中公文庫 2

『救いたくない命/俺たちは神じゃない2』(中山祐次郎)_書評という名の読書感想文

『救いたくない命/俺たちは神じゃない2』中山 祐次郎 新潮文庫 20

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑